NEW EDUCATION EXPO2015 セミナーレポート

教育現場の「著作権」が危ない ~授業・教員研修の課題とその解決策~

パネルディスカッション

パネリスト:
佐賀県教育庁 副教育長 福田孝義氏
山口大学 国際総合科学部 木村友久先生
早稲田大学大学院 教職研究科 客員教授/高等学院 武沢 護先生
コーディネータ:
日経BP社 教育とICT Online 編集長 中野 淳氏

中野 淳氏
中野 淳氏

中野氏

現場の教員に、著作物を使う授業を行ったり、独自教材やeラーニングの教材を作ったりするための、著作権の知識やノウハウが不足しているというお話がパネリストの皆さんからありました。では、そういった現場の先生方に、著作権に関する知識やノウハウを身につけていただくにはどうすればいいのだろうか、ということで、改めてお話をうかがえればと思います。

 

福田孝義氏
福田孝義氏

福田氏

佐賀県の場合は、先ほどご説明いたしましたように、既に県全体で走っているので、先生方から相談がたくさんあります。ということは、逆に質問や相談ができるレベルまで来たのではないかと思っています。一方で、先ほどはデジタルのことを話題にしましたが、紙を使っていた授業の頃も結構怖いことをしていたことがわかって、先生方が今になって悩まれているという状況です。

 

しかし、委縮してしまうと教育はできませんので、先生方が決して萎縮しなくていいように、組織立ったことについては精一杯フォローしていきます。そして、こういった情報提供は行っており、毎年数回研修会を実施しています。その中では著作権をテーマにしたものもあります。


佐賀県では、全部の学校に推進リーダーがいます。これは、校長がいて教頭がいる。それに加えて教務主任がいて、校務を担当するのと同じようなものです。各校に校長がICT推進の為に任命した推進リーダーという教員がいて、その人に県からしっかりと情報を提供し、他の先生方はその人に相談すれば、あらかた何らかの回答が導けるような形にしています。

 

木村友久先生
木村友久先生

木村先生
山口大学の知財必修科目における主要な目的の一つが、著作権に対する意識を向上させることです。医学部、教育学部等も含めた全学生に最低限の知識伝授と初歩的なスキル形成を施すことで、卒業した学生の行動が変化する。そして、このような取り組みが10年続いたら、著作権に関するあらゆる局面で良い効果が生まれて来ると考えています。


受講生の行動変化を促すことを目的としていますから、最初から権利関係や法律の話に入るのではなく、著作物を創作する時点から使われるところまでの時系列的な事実関係を把握させることから始めます。例えば、音楽であれば、曲や歌詞を創作する人がいる。次に、楽曲の演奏家や歌手がいないと当然に音は出ない、即ち聴覚に訴える曲にはならない。それを、誰かが録音する。場合によっては、誰かがネット上にアップロードするというように、まずは事実関係の流れを想記できるようにする必要があります。学生に授業をしてみると、初めは目の前にある音楽だけにスポットを当てた理解に止まっています。音楽は聴くためだけの存在で、そこまでに関与した者や具体的な作業に思いが至らない状態で議論を始めようとすることが多いのです。そこで、誰かが違法に楽曲をアップロードする際に、そこに至るまでにどんな事実関係があって音源となっているのか、だれが汗をかいているのか。違法アップロードの結果として流れがどうなるかを要素に分解させて演習を行います。これは、必ずしも法解釈の話ではなく事実を考えるだけですから、初心者でもストレスなく演習を進めることができます。著作物生成から流通する過程の把握、各段階で誰がどのような努力をしているのかがわかれば、プレーヤー間の利益バランスを考えながら着地点を探る態度が自然に備わってくると考えています。

著作権法は文化振興が最終目的ですから、ステークホルダー間の利益バランスを図りながら、著作物の継続的な創造、社会で広く使われるための具体的な行動ができる人材教育が必要です。また、教員に対しても同様のアプローチを取ることが望ましいと感じています。
 

武沢 護先生
武沢 護先生

武沢先生
教員の意識を変えるということは、非常に難しいのですね。教員というのは専門的に優れているし、学校教育では比較的優等生的な人材が多い。教材も自前の教材を好んで使う、人の教科書は使わないという中で、いろいろな先生方を啓蒙していく難しさというのは本当にいろいろあります。それには研修や教育しかないと思います。


なぜかといえば、2003年以降、高等学校で情報科を教えるようになって高校生たちの意識は変わっているのです。著作権に関する彼らの感度は、かなり高くなりました。文化祭や体育祭をする際でも、今までは演劇部の生徒とか吹奏楽部の生徒は、台本や楽譜の権利ということについて部活で言われていたので、感度はかなり高かったのですが、今は一般の生徒たちもそういうことに敏感になっている。それはやはり、教科情報で著作権のことを扱っているからです。ですから、私も研修の講師としていろいろな学校に行くときには、先生方に具体的な事例を交えながらお話をするようにしています。こういうことを地道にやっていくしかないかなという気がしています。

中野氏
ありがとうございました。実際に教育現場で教材を作成するとき、ネット上にある素材や情報、あるいは、著作物を使うと思います。また最近は、ICT利活用教育を意識した教材もたくさん出ています。授業を進めていく立場で、こういう教材やサービスに対する要望があれば教えてください。また、著作権法や、その解釈についての要望や提言などもあれば教えて下さい。
 

福田氏
教員が授業するときに一番辛いのは、「先生の授業はわからない」と言われることなので、そこはクリアしたい。その中で、私が教材を作っている会社や団体の方にお願いしているのは、これからはデジタル教材がそれなりに普及すると思いますので、そうした権利所持をまずは教材会社の方でお願いしたい、ということです。つまり、紙なら使ってよいが、デジタルではダメという会社は結構多く、逆に先生方はデジタルベースで欲しがるのですね。私が海外の学校で見学したときに、一番日本に欲しいなと思ったのは、「このデータベースだったら先生方が自由に使っていいですよ」という素材集です。それはもう、佐賀の先生方から喉から手が出るほど欲しいと言われています。出来合いの定食メニューはいらないから、そこにある素材だけを自分でダウンロードして自由に使っていい、というものを作ってくれたら、もうそれこそ今日でも欲しいということがあります。ですから、難しいものは要りませんから、素材レベルで結構ですので、扱いの自由なものを作っていただきたい、ということです。


木村先生

大学の立場では微妙なところがありますから、山口大学に限った形で話しをします。大学は、著作権法上の処理を行いつつ市販に耐えられる教材を製作する創作者の立場となることもありますし、一般的な利用者としての立場、そして著作権法35条による授業の過程における権利制限規定の利益を享受する立場もあるわけです。


ここでは、反転授業あるいは復習のための授業映像のタイムシフトと著作権法35条の関係で問題提起をします。35条1項の権利制限規定をそれなりに狭く文言解釈すると、他人の著作物を一部に組み込んだスライドを利用した授業を行い、その授業を収録した映像を受講生がタイムシフト視聴することは、「授業の過程ではない」として権利制限が認められないと読めます。ただ、小・中・高校だと対象者が多く科目数は限られているわけですが、大学には数多くの科目があり日本全体で学生が20人という科目もあり得ます。従って、ロット数の制約から、大学の授業でタイムシフトとすべき動画を市販教材でまかなう事業化ができないケースが考えられます。ロット数が見込める小中高の教材は、業者が大量に制作して皆さんが使った方が合理的です。素材ベースに近い教材か授業完成版に近いものかは別問題ですが、そこで新しい産業が生まれることはそれで良いと思うのです。大学に置き換えてみると、例えば英語のようにロット数が取れる教材はプロに製作してもらうことは十分に考えられます。しかし、例えば、ある先生の手術写真を使わないと学生に適切な説明ができない場合に、35条を文言通り狭い解釈で遵守して授業映像のタイムシフトができないとすると、結果として教員は自分で写したものを使用するしかなくなってします。これを繰り返すと、学生数が極めて少ない領域の場合、10年20年経ったときに大学教育の質が壊滅的に下がると想定されるわけです。ここは、現時点での答えはありませんが、一定の条件下で広く解釈するのか否かについて議論すべきです。このように、制度一つを考えただけでも、今後10年で想定される事態を先読みしてバランスの良い着地点を見つける時期が到来しているのではないかと思います。

武沢先生

私も今ちょうどPCのスライドを作っているのですが、やはりデジタルの教材を作るにあたって著作権の問題は不可避です。もちろん今は紙の媒体との併用の中ですが、そういう中で我々学校現場の教員たちが、権利処理も含めて安心して使える教材を豊富に提供してくださる、大丈夫だというお墨付きを与えてくれるコンソーシアムのような団体、組織があればいいと思います。


3週間前に、カリフォルニア州立大学の電子書籍の実態を見てきたのですが、USC(California State University)の23校の権利処理を、全て大学本部が統括して行っています。23校の大学生は、図書館が自由に使えるように電子媒体を共有して設置しているという話を聞きました。その方がはるかに効率が良いし、一人ひとりの教員の手間が省けるといいます。日本もぜひそういうような仕組みを作っていただけるといいと思います。日経BPさん、よろしくお願いいたします。

そして著作権について、ユーザーとしては創作からパブリック・ドメインまでの段階をある程度明示していただけるとよいと思います。6種類ありますよね(※)。ネットで見ていただければと思いますが、その中で、ここまではいいけれど、ここからはダメ、という段階がありますので、それを明示していただいた上で、その範囲の中でどのように使えるか、というようなことを周知していただけるような仕組みがあれば、と思います。
※http://creativecommons.jp/licenses/

中野氏

この問題は、教材や情報を提供する出版社にも関係すると思いますので、我々がご提供しているサービス例をご紹介します。『日経パソコン』など、日経BP社の媒体の記事の中から、情報教育に役立つものをネットで提供する「日経パソコンEdu」(※)というサービスです。
※「日経パソコンEdu」紹介ページ
http://pc.nikkeibp.co.jp/npc/pcedu/

このサービスを立ち上げる前に、現場の先生方から、記事の一部を流用してeラーニングに活用したい、独自教材として使いたい、というご要望をいただいていました。そこで、我々で権利処理をして、日経パソコンEduのコンテンツの一部を基に、eラーニング教材や独自教材を作成できるようにしました。佐賀県の県立高校でも採用していただき、約1万3000人の生徒さんにお使いいただいています。私どもの教材を基にした佐賀県独自の教材もあります。これは県のサーバー上で共有して、各学校の先生方にお使いいただけるようにしています。こういったものも、新たな取り組みの一つになるかと思います。


最後に先生方から一言ずつ、お話をいただきたいと思います。
 
福田氏

佐賀県では教育の情報化に取り組んでいますが、あくまでも、次の世代を担う子ども達にとって、必要な学力・学習習慣等を養うのに必要だということで取り組んでおります。佐賀県では、来週(6月8日・9日)『第1回佐賀県ICT利活用教育フェスタ』を開催します。12月10日には第2回を開催いたします。学校も全て開放していますので、少し遠いですが、ぜひ佐賀に来ていただきたいと思います。

木村先生

今回は、意図的に著作権法の実務で微妙な部分を扱いました。授業ビデオを利用した反転授業が徐々に増えていく中で、社会の発展・文化振興のために今後いかにすべきかを当事者が本音で話し合う時期が来ていると思います。また、私の講座は、著作権も含めた知財教育の授業参観を行っていますので、御連絡をお待ちしております。

武沢先生

今日は短かったですが、なかなか楽しい時間でした。これは全てに言えると思いますが、やはり教育は人ですので、国は無駄な税金を使わないで、教育に人材と、少人数学級も含めて財政的なバックアップをしていただきたい。私が願っていることはそれだけですので、皆さんも一緒に頑張っていきましょう。

中野氏

ありがとうございました。限られた時間でしたが、著作権に関わるいろいろな問題・課題、そして新しい可能性について議論できたのではないかと思います。今後、ICT利活用教育が進んでいく中で、著作権の問題はますます重要になっていくと思います。私達も、様々な形で情報発信を続けていきたいと思います。
 

「NEW EDUCATION EXPO2015」セミナー講演より