情報処理学会 コンピュータと教育研究会 第158回研究発表会  電気通信大学企画セッション 招待講演

情報教育課程の設計指針-初等教育から高等教育まで 解説

東京大学 萩谷昌己先生

公開シンポジウム「情報教育の参照基準」(2019年5月18日)より
公開シンポジウム「情報教育の参照基準」(2019年5月18日)より

この発表は、2020年9月に公開された日本学術会議の報告、「情報教育課程の設計指針-初等教育から高等教育まで」の解説です。私、萩谷が行いますが、内容的には、電気通信大学の久野靖先生との共著という形で発表させていただきます。よろしくお願いします。

 

この「情報教育課程の設計指針」の前、2016年3月に、同じく日本学術会議からの報告「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 情報学分野」が公開されています。

  


 

今回は、この二つの報告について解説しながら、次に水野先生から詳しくお話ししていただく「大学入試における情報」ということにつないでいきたいと思います。

 

 

「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 情報学分野」

 ~メタサイエンスとしての「情報学」

 

まず、「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 情報学分野」は、日本学術会議の30の分野別の委員会が、大学教育の質の保証のために、学問分野別の教育課程編成上の参照基準を作るという活動の中で作成したものです。数学や物理学、医学といった数々の参照基準がまとめられ、既に30以上の分野で公開されています。

 

 

この参照基準のシリーズは、大学の学士の専門課程における知識体系と養成すべき能力を、大学の専門分野ごとにまとめたものです。その中で、各学問分野の内容や領域を定義して、その分野の専門家となるために、どのような教育を行うべきかを示しています。

 

「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 情報学分野」(以下、「情報学分野の参照基準」)については、日本学術会議情報学委員会の情報科学技術教育分科会でまとめましたが、編纂にあたっては、情報処理学会の情報処理教育委員会の協力を得ています。すでに名古屋大学の情報学部や、九州工業大学の情報工学部で、カリキュラム設計に際してこの「情報学分野の参照基準」を使っています。

 

「情報学分野の参照基準」では、文系と理系に広がる情報学を定義しているということが重要なポイントです。この中で情報学の定義として「情報によって世界に意味と秩序をもたらすとともに、社会的価値を創造することを目的とし、情報の生成・探索・表現・蓄積・管理・認識・分析・変換・伝達に関わる原理と技術を探求する学問である」と書かれています。詳しくは、この「情報学分野の参照基準」の本編を見ていただければと思います。

 

「情報学分野の参照基準」では、特に情報学を「メタサイエンス」と位置付けています。ここで言うメタサイエンスとは、「諸科学全体を覆うサイエンス」、つまり「さまざまな学問分野で共通に活用される、基本的な学問である」ということです。メタサイエンスの典型的な例が数学や統計学ですが、同様に情報学もメタサイエンスとして、様々な分野でその原理や技術が活用されている、という位置付けをしています。

 

さらに、情報学の教育は、大学の教養教育としても行われるべきであるとともに、各学問分野の専門基礎教育の中でも行われるべきである、とされています。

 

「情報教育課程の設計指針-初等教育から高等教育まで」~小学校から大学専門基礎教育を一気通貫した初めての情報教育体系

 

この「情報学分野の参照基準」を受けて、「情報教育課程の設計指針-初等教育から高等教育まで」(以下、「設計指針」)をまとめ、公開しました。こちらは、日本学術会議の情報学教育分科会でまとめたものです。先ほど紹介した「情報科学技術教育分科会」が、「情報学分野の参照基準」の公開後、名称を変更して「情報学教育分科会」となりました。

 

 

ここでは、情報学という学問分野を基礎として、小学校から大学共通教育・専門基礎教育までにおける情報教育を体系化して、一貫した情報教育課程の設計指針を与えること、そして、そこに関わる様々な方々に情報教育の共通の物差しとして活用していただくことを目指しました。

 

この報告をまとめるにあたって、電気通信大学の久野靖先生が中心的な役割を果たされたということ、そして情報処理学会の情報処理教育委員会、大阪大学が受託した文部科学省「大学入学者選抜改革推進事業(※)」も協力をいただいたことを申し添えておきます。

 

http://www.uarp.ist.osaka-u.ac.jp/about.html

 

 

具体的には、「情報とコンピュータの仕組み」「プログラミング」「情報の整理や作成・データの扱い」「情報コミュニケーションや情報メディアの理解」「情報社会における情報の倫理と活用」の5領域に、ジェネリックスキルとしての「総合情報処理能力」を加えた5+1領域を、後で説明するAからKまでの11のカテゴリーでまとめ、それぞれのカテゴリーの具体的な知識・理解と、ジェネリックスキルをまとめています。

 

この11のカテゴリーの中にはそれぞれ3~4の項目があって、各項目に対して小学校から大学共通教育、さらに専門基礎教育に対応する4つの水準を定義しています。特に専門基礎教育に関しては、専門分野のグループごとに教育内容を定めています。

 

まとめにあたっては、先ほど紹介した「情報学分野の参照基準」、いわゆる「学士力」を定めた「学士課程教育の構築に向けて」(※)の答申、小学校・中学校・高等学校の学習指導要領、幼稚園教育要領などを参照しています。

 

https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2008/12/26/1217067_001.pdf

 

 

 

「情報学分野の参照基準」と「学士力」の関係は、具体的には下記のスライドのような構造になっています。

 

「情報学分野の参照基準」は、「情報学に固有の知識の体系」(5項目)、「情報学を学ぶ学生が獲得すべき専門的能力」(3項目)に加えて、「情報学を学ぶことで獲得されるジェネリックスキル」(6項目)をまとめています。

 

 

一方、「学士力」には、「I知識・理解」と「Ⅱジェネリックスキル(汎用的技能)」、「Ⅲ態度・志向性」「Ⅳ総合的な学習経験と創造的思考力」という4つの項目があります。Ⅱ、Ⅲ、Ⅳはジェネリックスキルと呼べるものと考えられるので、学士力の方がジェネリックスキルを少し狭い意味で使っていると言えます。

 

学士力で「知識・理解」と言っているところが、ちょうど「設計指針」の「情報学に固有の知識体系」に対応します。

 

 

「設計指針」では、学士力の「ジェネリックスキル」の中でも、特に情報処理に関係している部分を取り出して「総合情報処理能力」と呼んでいます。ジェネリックスキルにはその他にも様々なものがありますが、それらは情報教育の5領域にさまざまな形で関連している、という位置付けになっています。つまり、「設計指針」では、情報教育の5領域と、ジェネリックスキルの一部である総合情報処理能力を合わせて情報教育と捉え、学校段階ごとにまとめていることになります。

 

情報教育の5+1領域・11カテゴリーがこちらのスライドです。

 

 

さらに、これらを表にしたものがこちらになります。一番左の列に5+1の領域が、「カテゴリーとその記号」の列に11のカテゴリーが入っています。さらに各カテゴリーに関連する情報学固有の知識、ジェネリックスキル、専門的能力がそれぞれまとめてあります。

 

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重要なのが、この教育段階です。これは、どの内容をどの教育段階で学ぶかを示すための目安となるものです。

 

情報教育は小学校でも行われますが、その中で特にプログラミング教育として行われている情報教育を「小情」、中学校の技術・家庭科の情報分野で行われているものを「中情」と呼んでいます。

 

 

さらに、高等学校の次期学習指導要領の必修科目(=「情報I」)で学ぶことが「高必」、選択科目(=「情報Ⅱ」)が「高選」に対応します。それ以外に、情報教育以外の特定の教科、科目で学ぶべき内容を「小他」「中他」、その教育段階全体による教育で学ぶべきものを「小般」「高般」と指定しています。

 

高等教育では、大学の共通の情報教育で学ぶものが「大情」、大学の普遍教育、つまり4年間を通して普遍的に身に付けるようなものを「大普」としています。

 

大学の専門基礎教育は、このようなグループ分けをしています。これは学問分野の分類ではなく、類似の情報教育が行われるかどうかによって、専門分野を5つに分類して、それぞれのグループ別に身に付ける内容を整理しています。

 


このように、「設計指針」は、初等教育から高等教育の専門基礎教育までを含めて、どのような情報教育を各学校段階で行うべきかということを示しています。

 


 

これらをまとめると、私のイメージとしては、ここに示したような「情報教育の木」となります。

 

※クリックすると拡大します

 

 

大学入学共通テストに「情報」を導入する意味

 

こちらは、大学入試、特に共通テストの意義を私になりにまとめたものです。今までご紹介したように、各学校段階の情報教育がありますが、共通テストは、この青い線で示した高校の必履修の部分までの情報教育について、大学入学段階での知識・能力を確認する、という意義があると考えます。

 

 

現在の大学教育の中では、文理を問わず、情報に関する知識・能力が活用されています。最近は数理・データサイエンスが脚光を浴びてますが、他の場面、例えばオンライン授業を受講する際にも、基本的な情報リテラシーは必要になります。

 

このように、大学入学段階で、知識・能力を確認することによって、大学の情報教育の充実、高度化を図ることができます。さらに、大学入試は「必要悪」とも言われますが、一方で大学入試の存在が高校教育の充実に寄与しているということは否定できないと思います。ですから、「情報」が共通テストに入ることによって、高校における情報教育が充実することが期待されます。学校教育以外にも、予備校や、ユーチューバーなどによる教育サービスも充実していくことでしょう。

 

情報学の専門分野にとっては、共通テストに「情報」を課すことで、より多くの生徒達が情報分野に興味を持ち、裾野を広げることが期待されます。個別入試やAO入試が非常に秀でた、いわゆる尖った生徒を求めているのに対して、より多くの生徒が情報分野に目を向けるために、この共通テストは重要であると考えています。

 

 

次の学習指導要領の必履修科目の「情報Ⅰ」には、4つの大きな分野があり、それがそれぞれ3つずつの項目から成り立っています。その各項目に対して、「設計指針」のAからKまでの分野を対応付けることができます。

 

 

例えば、「(1)-イ 情報社会における個人の果たす役割と責任」という項目があります。これに対して、「設計指針」の「H 情報社会・メディアと倫理・法・制度」の1番目の項目H1(情報技術の特色と法・制度)が対応します。

 

 

このH1は4つのレベルに分かれていて、L1は「小情」、つまり小学校の情報教育で扱う内容で、「情報技術が人間の身体性と隔たっていることを前提とした行動の必要性理解」という定義になっています。L2は「高必」(高校の必履修科目)で、「知的財産権、個人情報保護、プライバシー等情報に関わる制度とサイバー犯罪の理解」と指定されています。

 

さらに、大学の共通教育では、L3として、「情報技術による人間社会の可能性やリスク、法制度の在り方の理解」、哲学・法学系、社会・経済系、理工系の専門基礎教育では、L4として「情報法、電子政府、システム監査と認証等の必要性や技術者への理解」など、より進んだ法制度の在り方を学んでいくことになります。

 

つまり、高校レベルでは、現在の法制度について学び、大学入試ではそこに関する理解を問うという形になります。一方、大学の共通教育や専門基礎教育で学ぶことになる、より進んだ法制度の在り方に関しても、知識を問うというよりは、考えさせる問題として入試に出題することも可能であると考えられます。こういう形で、この「設計指針」を活用していただきたいと思います。詳しい内容につきましては、資料にまとめてありますのでご覧ください。

 

 

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