高校教科「情報」シンポジウム(ジョーシン)2020秋

義務教育段階のGIGAスクール構想が高校教科「情報」に与える影響

奈良県立教育研究所 小崎誠二先生

奈良県域の教育の情報化のあゆみ

  

本人ご提供
本人ご提供

私からは、これから高校に入学する小・中学生の教育、GIGAスクール構想によって高校教科「情報」にどんな影響があるのか。義務教育段階の教育情報化の状況に関する奈良県教育委員会の事例をベースに、お話しします。

 

はじめに、「奈良県域の教育の情報化のあゆみ」についてです。文部科学省は2019年12月、児童生徒1人1台端末・高速大容量の通信ネットワークの整備を2023年度までに一体的に整備する「GIGAスクール構想」を提唱しました。その計画は、2020年新型コロナウイルス感染拡大防止のための臨時休校で加速し、各自治体において学校のICT環境整備が急速に進められています。

 

奈良県の場合、2020年7月に県域で共同調達を行いました。県内の教員から「1人1台端末はいつ届くのか」という問合せが多くありましたが、9月から各学校に情報端末が届き始め、10月末時点で8~9割の小・中学校には整備されています。こうした奈良県の教育情報化の沿革、詳細などの最新情報、本日の発表資料は、こちらのWebサイト「All NARA GIGA」(QRコード読み取りでもアクセス可能)にて掲載しておりますので、ご覧ください。

 


環境整備後の内容・研修機会の充実を見越し、子どもたちと先生を支える推進協議会を設置

 

まず、こうしたGIGAスクール構想を、奈良県でどのように推進してきたのかについてお話しします。

 

「GIGAスクール構想の実現」に向けた端末の共同調達では、教育の情報化、つまり1人1台端末とネットワークの一体整備といったICT環境の整備を目的とする自治体が多いように思います。奈良県では、整備はスタートであると捉え、重要なのは環境整備後であり、例えば小学校では、「新学習指導要領に基づく教育課程が既に始まったが、この小学生が中学校・高校へ進んだときの教育はどうするか」という情報教育(=内容)の準備、教員の指導力養成(=研修機会)が重要だと考えました。

 

 

教員採用も同様です。奈良県は、情報科教員の採用数は大阪府より少ないのですが、採用後、少人数で疲弊していく教員を見ると、情報科教員がどのような環境で授業できるのかが、非常に大きな課題だと感じています。つまり、単に情報科の教員採用を拡大すればよいのではなく、情報科の先生方が本当の意味で情報教育に集中できる環境を整えていくことが重要です。そのために、奈良県では情報教育の「内容」「整備」「研修機会」すべてを、端末等の共同調達の目的とすることにしました。

 

この構想を実現するため、「奈良県域GIGAスクール構想推進協議会」を設置しました。本推進協議会は、こちらのスライドの通り、「子どもたちと先生をみんなで支えよう」という構造になっています。トップにあたる教育長・教育委員会等の決定事項を、ボトムにあたる先生方や子ども達学校が実践する「富士山の麓型」でなく、トップに子ども達と先生方を据え、誰が何を支えるべきかを考えました。赤枠で囲った市町村教育委員会の担当者等で組織する「調整部会」、各自治体の教育長等で組織する「役員会」などにも、学校の学習活動を今よりも充実させるために、支える「土台」となっていただく。トップダウン・ボトムアップ型の議論を超えて、「内容」「整備」「研修機会」を一体的にみんなで支えて推進しようというのが、本推進協議会の原点です。

 

 

共同調達に参加した自治体数、OS/プラットフォームの割合を示したのがこちらです。2019年12月から取り組み始め、Chrome/iPad/Windowsどれを利用しても同じことができ、端末もパソコン以外でも利用可能な状況になりつつあります。

 

「既に利用してきたソフトウェアはどうするか」といった先生たちの声にも「新しいステージに合わせるのが理想ですが、当面はハイブリッドで利用してみてはいかがでしょうか」と伝えています。なお、結果的にセキュリティや管理の面でChromeの選択が多く、財政状況に余裕のある自治体はiPadを選択、現在利用しているソフトウェアを利用するために追加購入する場合はWindowsを選択といった事情で、状況が異なっています。

 

 

文部科学省が公表している「端末の納品完了時期について」が下図です。これまでのICT環境整備では、奈良県はあまりにも整備が遅れていたので「顔が真っ青になります」と自虐的に語ってきましたが、こちらをご覧いただくと、年内つまり12月末までには納品完了ということで、いい意味で「県の形が見えるくらい真っ青」です。青色と黄色が年度内に納品される予定ですので、日本中が年度内に1人1台端末が整備されることになります。奈良県では、本発表時点で全市町村で端末の納入が始まっていて、1つの自治体のみ校舎建て替えとの兼ね合いで年を越しますが、2021年には全県納品が完了する予定です。

 

 

端末等の共同調達の考え方をアップデート~クラウド活用前提で、家庭へ持ち帰り学ぶ

 

このように、小・中学校では「1人1台端末」の環境で学んだ子どもたちが、これから高校に進学することになります。奈良県の場合は2021年には端末とネットワークの環境が整いますが、中学校では新学習指導要領に基づく教育課程が始まりますし、教科「情報」が試験科目になることが想定されている2025年の大学入試を受験するのは、現在の中学2年生です。また、小学校では、既に現在の1年生から、Googleアカウントにログインして、端末を使い始めています。その様子を視察すると、「この子どもたちが12年後、高校に進学してきたらどうなっているだろう」と想像ができません。

 

奈良県では、端末等の共同調達の考え方を、少し工夫してみました。

 

1つ目は「1人1アカウント」です。既に実生活では「1人1台端末」ではなく、PCやタブレット、スマートフォンと複数の端末を利用しているということを踏まえた考え方です。現状は、Google/Adobe/Microsoft365/ロイロノートなどと、複数のIDが必要となる「マルチID環境」です。

 

2つ目は、これらをまとめたサービスの利用権として、1アカウントに紐づけて付与する「シングルサインオン(SSO)」の仕組みで、現在構想中です。 


 

3つ目として、県域同一ドメイン「@e-net.nara.jp」の運用を始めたので、将来的には、総務省が進める本人認証機能をもつ「マイキー」への乗り換えなどの対応も考えています。

 

また、4つ目は「クラウド・バイ・デフォルト」の考え方。アプリ等をインストールすることが学習状況に影響を与えるため、もうクラウドサービスを活用するか否かは議論せず、すべてクラウド活用を前提としています。

 

さらに、5つ目は、多様で自由な学びがある、情報端末の家への「持ち帰り」を当たり前の前提とし、基本的な操作方法等のスキルは、学校では原則として育成しないで済むようにすることとしました。家庭に持ち帰り、ゲーム等のキーボード入力や音声入力、家族との旅行の記録・動画編集など日常生活のなかで端末等に触れて慣れていく。先生も、仕事でもプライベートでも使い慣れて、それを学校の授業で生かす。このスタイルで考えていきましょうと、奈良県では宣言しています。

 

高等学校教科「情報」に与える影響~学び場の広がりと自己管理能力の育成

 

これらを整理すると、高等学校教科「情報」に与える影響は、次の5点だと考えます。

 

1点目は「子どもは今までよりも遠いところにいく」。小・中学生は、これまで他の学校の子どもたちと繋がる機会があまりありませんでした。ところが、これからの子どもたちは、県域アカウントを付与すれば、県内の他の学校と繋がる機会も増え、ネットの世界などでも活動する場が生まれ、まなびに広がりが出てくるということです。

 

2点目は「小学校からプログラミングオンラインが普及する」。これまでプログラミングを授業で扱う場合、「教育課程内で扱うか教育課程外で扱うか」という点を議論してきましたが、奈良県では家庭への持ち帰りを前提としたので、プログラミングを宿題で出す学校も出てくると思います。家に端末を持ち帰りYouTubeばかり見て保護者から叱られる子どもや持ち帰りさせたら重いという苦言を呈する保護者はいます。先生たちが、日々の課題や健康観察に利用したり、プログラミングの課題や教材を課したりすることで、子ども達も積極的に端末を扱う、それは、保護者も期待して、理解もしてくれているようです。

 

3点目は、「セキュリティとモラルと自己管理能力」です。「夜にうちの子がYouTubeばかり見ている。学校はどんな指導をしてくれるのか」と怒る保護者の声も、「端末を取り上げたらよいのでは。ゲーム機の場合と同じことです」という話になります。

 

4点目は、「個人のスキルの幅がどんどん広がり、先生が覚えてから教える、では通用しない」ケースがあることです。例えば、今までも、個人的にピアノを習っている場合、楽譜を読みピアノを弾くことは、小学校で習う前から理解していることがあります。だからといって、無条件で満点の評価を与えているわけではないはずです。

 

5点目としては、「結局のところ、何を教えておいたらよいのか、高校までにしてほしいことや必要となることを示してほしい」という小学校や中学校の先生も出てくることをご理解いただきたいと思います。

 

 

今回の発表資料は、ビジュアルプレゼンテーション用Webツール「Adobe Spark」を利用して作成しています。Adobe Creative Cloud を2013年に県域包括で契約したことがベースになっています。現在、県域同一ドメインに私立学校も加わったことで、奈良県内の国公私立すべての小学生から高校生、先生方が、無償の範囲内ではありますが、閉じられたネットワークの中で、ファイルの共有やアプリなど県域で統一利用が可能となり、子どもや先生同士で自由に交流することができます。従来であれば、データをメール添付などで配付しても、更新された情報は届けられなかったものが、ドメイン内で共有することで、常に最新情報を共有することが可能になりました。紙でほしい場合も、必要であればご自身でプリントアウトすればよく、無駄な印刷費も削減できます。

 

インターネット利用のモラルやセキュリティ~中学2年生は「自分」のほうが詳しいと回答

 

下図が、2020年9月に小学校6年生・中学校2年生を対象に実施した簡易アンケートの集計結果です。「自分と先生でどちらがICTに詳しいと思いますか」と聞くと、小学校6年生は「先生」の方が詳しいが5割近い一方、中学校2年生は「自分」の方が詳しいが約8割となりました。1人1台端末の環境で育った小学1年生が高校に入学してきたとき、これがどうなるでしょうか。しばらくはGIGAスクールを経験していない子たちが入学してくるからよい、とは言っていられない状況ではないでしょうか。

 

また、「自分とおとなを比較すると、インターネット利用のモラルやセキュリティについて、どちらが詳しいと思いますか」と聞くと、9割の中学校2年生は「自分の方が詳しい」と回答しています。

 

 


このアンケートを実施した背景は、全国でも問題になりましたが、学校が、保護者にアカウントIDと初期パスワードを通知するために、学校ホームページに掲載していたということがきっかけです。「〇〇小学校のHPに、アカウントIDと初期パスワードが掲載されているが問題ではないか」と、親を通じて最初に教育委員会へ連絡してきたのが中学生だったという現実があります。この件は、今は既に対応済みですが、モラルや「捨てアカ」などを十分に理解していない=インターネットに弱い教員と生徒がSNSで投稿して伝えている姿を比較すると、この結果にも十分納得できるところがあります。

 

こうした子どもたちがこれから高校へ進学してくるわけです。「プレゼンテーションソフトでプレゼン資料を作りましょう」も悪くはないですが、これは小・中学校でどんな情報教育をしてきたのか、スキル面で大きな差が出ることが想像できます。

 

給食と同じように情報端末を届ける~ 県域同一ドメイン、データは子どもに紐づける

 

では、現在、小・中学校はどのようなコンセプトで取り組んでいるか。奈良県の事例をご紹介します。

 

まず、学校で働くすべての先生が、給食と同様に、学校に通うすべての子どもたちに情報端末を届け、いつでも好きな時に利用できるようにします。「はい皆さん、パソコンを開いて」でなく、端末は家庭に持ち帰らせてくださいと教育委員会や学校に伝え、使用時間は家庭の方が長くてよいこと。充電も、学校に充電ボックスは用意していますが、基本的に家で充電することとしています

 


また、「県域同一ドメイン」に私立学校も加わったことを受け、公立・私立学校を問わず、教員研修をはじめ、さまざまな使い方がありますから、一緒に取り組んでいきたいと考えています。

 

 

さらに、前述の通り「クラウドを前提」として、子どもたちが学校・家庭で自由に学べるようにしたい。つまり、まずは子どもたちに端末を配付して、その使用実態を踏まえて使用ルールを決めていきたい。

 

そのルールは、できるだけ子どもたちの意見を取り入れて作らせたいと考えています。12月末までに端末等が整備され、冬休み・年末年始で家で使わせれば、保護者・教員だけでなく、子どもたち自身、使用方法等さまざまな課題を感じるはずです。そうした意見を聞いて「奈良県1人1アカウントで使うGIGAスクール端末のガイドライン」を、子どもたち自身と先生と保護者が一緒になって作成したことにしたいわけです。そのため、県教委でも基本的なルールは作成し、担当者会で文書化して管理はしていますが、奈良県域としても公的なガイドラインは、しばらく待っていただくよう、関係各所にはお願いしています。

 

また、「5年後には家庭で買う」、自分に合った自分の好きな端末で学ぶことを想定しています。今はまだ「えーっ、ほんとうに?」という声もありますが、端末代金1台3万円ぐらいを入学祝で購入していただき6年間使うというイメージであれば、保護者の方もご納得いただけるのではないかと思います。また、子どもたちのデータは個人に紐づけて」、データ管理はプロに任せたい。必要な時に必要な人が、情報銀行から引き出して使うイメージです。

 

 

小学校の先生・保護者は不安も。子どもたちは自然と学んでいく

 

こちらは、奈良県の教職員と保護者を対象に、研修受講後の感想として、何か不安に思うことや課題はないか、自由記述でたずねたものです。

 

先生の不安をみると、「いい事例を紹介してほしい。現場丸投げではなく文部科学省が示すべき」「子どもたち、先生によって差が出てしまう」「YouTubeを見ていると、いろいろな悪い情報もある」「ことば遣いが乱れてきたという苦情がある」などがあります。

 

端末を忘れたらどうするのかという声もありますが、奈良市の中学校では、端末を忘れる率と教科書を忘れる率をみると、教科書のほうが高いそうです。「もし家に忘れたら、端末がなくて授業ができないため、その子だけ学習が遅れる。教育の機会はどう補償するのか」という声に対しても、「先生、冷静に考えてください。これまでも教科書や体育の時間だけど体操服を忘れる子はいましたね。指導は同じことになると思います。端末に依存しない1人1アカウントで管理しているので、子どもたちは予備機や先生の端末を借りてもそのまま使えますよ」と伝えています。

 

 

小学生の保護者の不安をみると、「低学年には難しい」「持ち帰る必要があるのか」「家では何をしていいのか、復習の面倒もどこまで見たらいいのか」というさまざまな不安の声が挙がっています(子ども達のChromebookログイン・活用に関する状況見取り及びアンケート調査結果より)。

 

※アンケート結果のPDFはこちら↓ 

端末を使うにあたっての先生や保護者の不安.pdf
PDFファイル 105.8 KB

 

また、就学前4~5歳の子どもにiPadやChromebook計約200台を貸し出して調査したところ、結局、文字が読めるか否かに関係なく、ログインすることには問題がないことが分かりました。「YouTube見てもいいよ」というと見るのに操作が必要な場所を覚え、喜んで次々ログインして使う。ゲーム機も同じで、子どもたちの学びにブレーキをかけていたのは、大人たちだったのかなと感じているところです。

 

 

GIGAスクール構想を推進する先生へ階層別の研修プログラムを提供

 

奈良県教育委員会はどのようなスタンスやコンセプトで小・中学校では教育しているか、ロイロノートなどのアプリも県域共通で使用できますから、先生方はこれから高校に入学する子どもたちには、それを踏まえてしっかり指導していきましょうという内容です。

 

教員の研修機会についても、奈良県ではGIGAスクール構想を推進する先生たちを応援するための研修プログラム「先生応援プログラム」を提供しています。研修メニューは初心者の先生方から、高度なことを希望する先生まで、それぞれが勉強する機会を得られるように階層化しています。

 

Chromeの拡張機能「Pop Stars」を利用して、研修参加後にポイントを付与する「ポイントプログラム」を導入し、初級は星1つ、上級は星5つを獲得して、200個貯めたら何かを得られる企画など、研修を楽しんでいただけるような仕組みも計画していますので、ご参考にしていただけたら幸いです。

 

先生応援プログラム