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高校の情報教育に期待するもの

東京大学大学院 萩谷昌己先生

情報教育の2つの目標=「底上げ」と「尖がり」

公開シンポジウム「情報教育の参照基準」より(2019年)
公開シンポジウム「情報教育の参照基準」より(2019年)

私からは、大学が高校の情報教育に期待することについて、お話ししたいと思います。

 

まず、高校の情報教育の目標を、「底上げ」と「尖がり」二つに分けて整理してみようと思います。ここで、二つの目標は互いに関連しています。尖がった人材を育成するためには裾野が広く、より高くなければなりません。また、尖がった人材が育ってくれば、底もだんだん上がってくることはあると思います。

 

 

さて、二つの目標それぞれに沿って整理すると、例えば授業で言えば、「底上げ」は、全ての生徒のレベルを上げようとする通常の授業が中心です。それに対して「尖がり」は、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の授業や部活動などが中心です。同様に、前者は「総合的な学習の時間」、後者は「総合的な探究の時間」が中心になるでしょう。

 

試験としては、底上げのためには大学入試センター試験、尖がった人材を採りたい場合はアドミッション・オフィス入試(以下、AO入試)が、方法として考えられます。大学の個別入試は、学部・学科レベルの入試によりますが、底上げか尖がりか、もしくは中間的な位置付けか、大学によってもいろいろ違ってくると思います。

 

最近では、尖がった人材を育成しようと、情報処理学会は「中高生情報学研究コンテスト」(※1)などのイベントを開催していますが、そのほか「情報オリンピック」(※2)や「情報科学の達人」(※3)などの活動が、最近活発になってきています。「科学の甲子園」(※4)は底上げが目標か否かはわかりませんが、どちらかと言えば、裾野を広げることを目標にしていると思います。

 

※1

https://www.ipsj.or.jp/event/taikai/82/82PosterSession/

※2

https://www.ioi-jp.org/

※3

https://www.nii.ac.jp/tatsujin/

※4

https://koushien.jst.go.jp/koushien/

 

大学から高校への期待(底上げ)

次に、大学から高校への期待について「底上げ」の場合を考えてみましょう。実は大学にも様々な教員がいて、それぞれ考え方が異なります。

 

例えば、情報系の教員は、底上げにはあまり関心がありません。一方で、大学の情報教育、特に一般情報教育に携わる教員は底上げに期待しています。

 

高校では、学習指導要領に沿って、きちんと学んできてほしい。そして大学では、高校教育の内容を繰り返さずに、より高度な授業を提供したいと考えているわけです。そのためには、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)が重要なテストになります。

 

 

また、情報系以外の応用分野の教員からも、情報に関する関心は年々高まってきています。従来から「基本的な情報リテラシーを身につけて来て欲しい」ということに加え、最近では、「初歩的なプログラミングはできて欲しい」「基礎的なデータ処理・統計処理はできて欲しい」といった要望が、いろいろな分野で具体的に出てきています。

 

こうした要望を、一つの大きな流れとしてまとめると、共通テストとなります。もちろん、学部レベルの個別試験も考えられますが、現実に実施するのは難しいと思います。

 

大学から高校への期待(尖がり)

「尖がり」の場合、大学から高校へのもう一つの期待について、考えてみます。

 

「情報分野の尖がった人材育成」という目標で、大学の情報系の教員から高校へ期待するのは、「プログラミングやシステム開発ができる学生が欲しい」「情報分野の地頭のよい学生が欲しい」ということです。このため、AO入試、もしくは情報系の学科レベルの個別入試も、非常に有効な手段と考えられます。ただ、共通テストが役に立つか否かは、試験の在り方によると思います。

 

 

一方、一般情報教育に携わる教員は、すべてではないかもしれませんが、あまり尖がった人材には関心がないと思います。

 

しかし、情報系以外の応用分野の教員も、情報分野に長けた学生は欲しいと考えていると思います。従来から、例えば「研究室の計算機管理ができるような学生がいたらありがたい」という声はありましたが、最近では、「それぞれの応用分野のプログラミングができて、さらにシステム開発ができるような学生が欲しい」とか、「応用分野のデータ解析ができるような学生が欲しい」など要望が出てきています。特に応用分野の教員に対しては、共通テストがこうした要望に応えられるとよいでしょう。また、学部レベルの個別入試も、方法としては考えられると思います。

 

情報Ⅰと情報Ⅱへの期待

こうした大学から高校への期待に応える科目が、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」であると思います。つまり、次の学習指導要領の科目である情報Ⅰと情報Ⅱは、まさに、様々な大学教員の期待に応える科目になっていると考えられます。

 

 

特に、情報系の教員はもちろん、情報系以外の応用分野の教員からの「底上げ」への期待に応える科目となっていると思います。要するに、各分野でちょっとしたプログラミングはできてほしいという要望に応えられる科目になっているということです。ただし、応用分野の教員の期待に応えるには、「情報Ⅰ」の分野の内容を、偏りなく、学習指導要領全体を教えていただきたいと考えています。情報Ⅰの学習指導要領全体を偏りなく学んできてくれれば、応用分野の教員の期待に応えられると思います。

 

逆に言えば、情報系以外の応用分野の教員が、こうしたことをきちんと認識していただければ、共通テストに「情報Ⅰ」を課そうという要望が、大学側から沸き起こってくるのではないかと考えられます。さらに、応用分野の教員の「尖がり」への期待のベースにもなるでしょう。情報系の教員にとっては、基礎の基礎という位置付けになると思います。

 

「情報Ⅱ」は、学習指導要領をご覧になった方はわかると思いますが、情報系の教員だけでなく、情報系以外の応用分野の教員からの、「尖がり」への期待にも応えられる、非常に先端的な内容を含む科目になっていると思います。また情報Ⅱは、情報Ⅰの補充的・発展的な科目という位置付けも考えられますので、その意味で、すべての高校で情報Ⅱも学習してほしいと考えています。

 

情報入試、目標は学習指導要領の実質化!

情報入試を行う目標は、試験そのもののためでなく「学習指導要領の実質化」であると思います。つまり、次の学習指導要領は「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」を、高校の現場で実質化してほしいということです。

 

試験とは、そのための手段です。高校できちんと学んだことを、大学できちんと評価する試験を行うべきであろうということです。大学入試を「一発勝負の試合」と考えると、「入試で情報を課さなくても、数学で試験をすればいい」ということになってしまいます。そうした「大学入試=試合」という考え方から脱却して、理想的には複数回受験可能な試験、特にCBT(Computer Based Testing)を導入するというのが、一つの方向性かと思います。

 

 

昨今の新型コロナウイルス感染症の状況などを考えると、学校や試験センターでもCBTよる試験が必要です。そこで、次のステップとしては、さらに継続的な達成と評価が求められると思います。そのために、CBTの発展として、オンラインによる生徒の評価を用いて、日常的に学習と評価を一体化するというのが理想的な方向ではないかと、考えています。

 

ただし、それはあくまで理想論です。そこに至るまでには、今私がお話しした状況を全体的に考えると、まず、共通テストの科目として情報を課してほしい、というのが結論です。そのためには、高校の現場に合った学習指導要領の実施が重要です。正直に言えば、「情報Ⅰ」の学習指導要領は内容をやや詰め込み過ぎているきらいがあります。現実の高校の現場で、授業時間内で無理なく教えられるような重要項目を再定義していくことが重要ではないかと考えています。

 

つづく

高校の情報教育に期待するもの

埼玉県立川越南高校 春日井 優先生