思考力・判断力・表現力を評価する大学入試の出題方法

~独自の定義づけによって作問の可能性を拡げる試み

情報処理学会/電気通信大学 久野 靖先生

私からは、「思考力・表現力・判断力」を評価する大学入試の出題方法の検討について説明します。

 

今回の「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選別における評価手法の研究開発」は、大阪大学が受託し、東京大学と情報処理学会が連携機関となっていますが、この事業では、情報科での「思考力・判断力・表現力」の評価手法の検討を行うことも要求されています。

 

「思考力」とは何か

 

「思考力・判断力・表現力」は、学習指導要領において「知識・技能」「学びに向かう力・人間性」と並んで育成すべき資質・能力の三つの柱とされています。従来の大学入試選抜では、より測りやすい知識・技能の評価が中心となりがちでしたが、今後は授業を通して育成した「思考力・判断力・表現力」を評価するような試験を実施するべきであり、その出題方法や試験の実施方法を検討する、という大きな課題です。

 

私たちは、「そもそも『思考力=考える力』そのものを見る問題とはどんなものなのか」ということから検討を始めました。

 

従来の入試問題でも「思考力」を評価しようとすることは当然行われてきました。私たちも、情報入試の全国模試で、暗記していれば答えられるような問題を「知識問題」として扱い、「知識問題」ではない問題を多く作るように努力してきました。それでは、「{すべての問題の集合}-{知識問題の集合}={考える力の問題}と考えてはどうか」という意見もありますが、それでは『問題の作り方の検討』になりません。

 

では、例えば思考力とは何かを定義し、その定義に従って作問するのでしょうか。

 

しかしそもそも、思考力を定義することは極めて難しいと思われます。そこで、今回この作問方法を検討するにあたって、私たちは「『思考力・判断力・表現力』の包括的・網羅的定義は行わない」ことを決めました。そもそも、軽々に結論を出すべき問題ではなく、この事業全体の趣旨の範囲ではないと考えたからです。

 

私たちはこれまでの模擬試験の問題の分類から始めて、T(Thinking/思考力)、J(Judgement/判断力)、E(Expression/表現力)について、ある意味「恣意的な」「狭い」定義を定め、それに基づいて作問を行うことにしました。恣意的と言いましたが、例えば思考力Tであれば、ある受験者がTを持つなら、世の中の全般的な理解として、その受験者がその特定面についていえば「思考力」を持つと言って異論ないだろう、という形でTを定めました。これは言ってみれば、「将棋を指して勝ったのであれば、その人は考える力を持っている」というイメージです。ただし、将棋を入試問題にすることはできませんので、入試問題にふさわしい形式を考えました。

 

なおかつ、Tを「問題を作ることが比較的用意であるように」定めました。いかに理論上キレイに見えても、問題を作るのがあまりにも困難では、誰も使ってくれません。

 

そうして決めたTに基づいて問題を作ってみました。

 

こう言うと、「そのTでは測れない思考力T´があるだろう」という反論が当然上がります。それに対しては、「では、そのT´の定義と、作問も追加しましょう」という姿勢で臨みたいと思います。

ただし、それなりに手間がかかることなので、作題が可能な範囲でできるだけ対応します、ということも申し上げておきますが、私たちとしては現時点ではなるべく広く、つまり汎用的にTを定めておくのが望ましいのではないかと考えています。

 

思考力(T)・判断力(J)・表現力(E)の便宜的定義

 

とりあえず、思考力=Tについては4種類、JとEは各1種類作りました。今回紹介する問題について、題材は適当か、難易度はどうか…などについては、今後詰めていくことにしますので、今回はこの考え方でよいかどうかを見ていただきたいと思います。

 

【Tr】reading

これは何かの定義など、自分にとって必ずしも馴染みのない「記述を読んで、意味を理解する力」を指します。作問方法としては、記法の定義やその定義を参照する記述の読解ができていることを見る問題を考えています。

【Tc】connection

これは、一見関連が分からないところから「結び付きを見出す力」です。題材は文章でも記号などでもけっこうです。作問方法は、多数の事項の中から結び付きを発見できるかを見る形で行います。

 

【Td】 discovery

Tcで結び付きを発見したものを含めた事項の集まり関して、「直接に示されていない事柄を発見する力」がTdです。事柄としては、次のものが考えられます。

 

〇事項どうしの関連が持つ規則・規則性やトレードオフ(二律背反: 何かを 達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係)。

〇事項に内在する問題・法則・原理。これらは「問題発見」「仮説構築」に相当する。

〇事項の特性や振舞いを説明する上で有用なモデル化や抽象化。

〇事項に対する現に記述されているのとは異なる視点。

〇事項に記述されている範囲(文書等)外のものと事項との関連。

〇事項の記述・表現に内在する意図。

 

作問方法は、事項の記述を与えた上で、上記のような新たな事柄を発見できるかを見る設問とします。

 

【Ti】inference(cont.)

Tcで結び付きを発見したものやTdで発見したものを含めた、「事項・事柄の集まりに対し推論を適

用する力」です。作問方法は、推論の正しさ判別を見たり、推論そのものを構築させたりします。

これは、推理小説で探偵が犯人を探し出す時に「帽子をかぶっている」とか「〇〇の時に▲▲にいた」といった様々な条件を結び付けていくことをイメージしていただくとよいと思います。

 

以上の4つが、私たちが考えた「思考力」です。

 

次に、判断力と表現力についてご紹介します。

 

【Ju】judgement

「判断力」は非常に広義ですが、ここで扱うものは、「優先順位づけを含め、複数の事項(トレードオフを含む)の中から、規定した基準において上位ないし下位のものを選択する力」です。基準としては、次のものが考えられます。

 

〇個数、効率、金額などの理工学的に合理的な指標。これは、並べたものがある中からこれだ、というものを選び出す力です。

〇社会的、倫理的、道徳的な影響や重要度。

〇制約条件を与えることで順位が変化するような指標(セキュリティ、安全などエンジニアリングデザイン的な指標)

 

作問方法は、設問によって与えられた事項や、Tcの結び付きの中から、Tdで発見した事柄の中から、あるいはTiの推論の道筋の中から、正しいものや重要なものを選ぶ形とします。必要に応じて、前提とする状況や制約を付記します。

 

【Ex】expression

試験で測る表現力は、「(与えられた基準において有用な)表現を構築/考案/創出する力」とします。基準としては、次のものが考えられます。

 

〇日本語記述としての適切性(内容が過不足ない、把握しやすい提示順序、適切な接続関係の採用など)。
〇図や絵(グラフや状態遷移図その他特定の図法によるもの、および一般的な模式図や絵の形のもの)・表などで事項を表現する場合の適切性。重要な事項が読み取りやすく表現されているか、アピールするかなど。
〇自分や他者の問題解決に資する表現としての適切性(つまり、提示された問題の本質的な部分の選択や解決に至りやすい構造の選択など)。
〇プログラムなど処理手順記述としての適切性(求める結果の出力や構文規則への合致など)。
〇自分と必ずしも前提が共通しない他者に理解可能な表現としての適切性。これは、情報科には『コミュニケーション』も学習目標として入っているので、内容としての適切性も見ることにします。
〇SNSやネットなどの場における行動の適切さ(誤解を生まない、他者に迷惑を掛けない、自分や他社にとって価値がある等)。

 

作問方法は、設問によって与えられた事項や、Tcの結び付きについて、Tdの発見した事柄について、あるいはTiの推論の道筋について、適切な表現構築するものです。Trの記法や定義(所与のものまたは自分で定める)を適切に活用した記述も含みます。Trの記法や定義(所与のもの、または自分で定める)を適切に活用した記述も含み、必要に応じて前提とする状況や制約を付記します。

 

「情報科の試験」ということはどこに?

 

ここまでお話しした思考力・判断力・表現力を測る問題は、すべて「一般的な」題材で作題されています。それでは、「情報科の」という点はどこに入ってくるのか、という質問が当然上がると思います。これについては、まず題材として、情報一般やコンピューター・ネットワークなど情報技術に関するものを取り上げることになります。

 

また、各能力について見ていくと、まずTd(discovery)で扱う「抽出される事項」として、情報科学的なモデル化・抽象化の結果が含まれます。モデル化・抽象化は、他の分野でももちろん必要ですが、情報学においてとくに重要な行為です。その活動と本発表で示した各能力の関連があれば、「恣意的な定義であるが結果的に情報科の試験として適切」と言えるのではないかと考えます。

 

また、Ju(judgement)に出てくる「判断の基準」として、情報倫理に関わる基準、計算量などコンピューター科学に関わる基準が含まれます。

 

Ex (expression)に出てくる「表現の手段ないし形式」としては、プログラムや手順、状態遷移図やデータフロー図などの情報科学・情報技術に関わるものが含まれます。また、同じくExでは、「表現のよしあしの基準」として、SNSやネットワーク上での行為としての適切性、コミュニケーション手段としての適切性などの基準も含まれています。

 

これら以外の部分については「汎用的能力」となり、情報科に限定されるものではありませんが、先ほどの萩谷先生の「情報学の参照規準」でも多くの汎用的能力について言及されていることと合致しており、情報科の問題として出題することは問題ないと考えます。

 

まとめます。

「思考力・判断力・表現力を測る試験を作る枠組みを考案する」という、非常に困難なお題をいただきましたが、これらを恣意的に狭く定義しそれに基づき作題するというアプローチで行いました。そして、Tr、Tc、Td、Ti、Ju、Exという6つの能力を定めてみました。これによって、作題は大方可能だろうという手ごたえを得ることができました。

 

今後は、先ほどお話ししたように、情報科・情報学の試験として適する題材や抽象化・モデル化との関連についてさらに検討を重ねていきたいと考えています。

 

情報処理学会第79回全国大会/文部科学省大学入学者選抜改革推進受託事業シンポジウム講演より