特集 学習目標を意識した指導と評価

事例4 理科の実験を切り口にパフォーマンス課題を導入

教員・生徒の授業への意識が変化

愛知県立一宮南高等学校 辻太一朗先生(物理)


辻太一朗 先生
辻太一朗 先生

愛知県立一宮南高等学校は、2013年に愛知県教育委員会が文部科学省の「高等学校等の新たな教育改革に向けた調査研究」における「多様な学習成果の評価手法に関する調査研究」公募に採択されたことに伴い、研究協力校となった。理科の授業でパフォーマンス課題を導入して幅広い資質・能力の育成に取り組むとともに、学習成果の評価手法の研究を進めている。具体的な取り組みの内容について、物理担当の辻太一朗先生に話を伺った。

ルーブリックについて知ることから研究を開始

多様な観点とその評価の意義を知る

2013年10月、愛知県立一宮南高校では、愛知県教育委員会の依頼を受けて、理科における「多様な学習成果の評価手法に関する調査研究」を開始した。校内で物理3名、化学3名、生物3名の教員を中心に調査研究チームを作り、パフォーマンス課題(注1)を取り入れた授業と、多様な学力の評価を実践することにした。


研究を始める前の授業について、辻先生は「本校では生徒の学力向上のために、補習を行うなど問題演習を充実させてきました。しかし本校の生徒は、1つの物理現象に関する問題は解けるのですが、二次試験で出題されるような複数の現象が複合した問題になると、なかなか対応できなくなると感じていました。物理現象そのものを十分に理解できていない生徒が多いために、知識を応用的に使いこなすことが苦手な生徒が多いようです。こうした力をつけるにはどうしたらよいのかと課題を感じていました。そんな折り、本校が、多様な資質・能力を育成するためのパフォーマンス課題やルーブリック(注2)を用いた評価に関する研究協力校となりました。この機会に、生徒が学んだ知識を応用して使いこなせるような授業の研究に取り組んでみたいと考えたのです」


とはいえ研究を始めた当初は、ほとんどの教員がパフォーマンス課題を使った指導法やルーブリックを用いた評価について知らなかった。そこでまず、愛知県総合教育センターから紹介された書籍数冊をメンバーで読んだ上で、内容を報告し合った。パフォーマンス課題のような複雑な課題を評価するには、全ての教員が評価基準を共有できるようにルーブリックの作成が必要で、そのルーブリックは観点別に作成する必要があることがわかってきた。そこで、愛知県総合教育センターと連携して、観点別評価の先進校の視察を行ったり、評価手法を研究している大学研究者から助言を受けたりして、研究を進めた。また、校内研究委員会を開催して教員間で協議を重ねながら、パフォーマンス課題とルーブリックを用いた新しい評価手法について、理解を深めていった。


「複数の知識を複合的に使いこなして課題を解決する力は社会に出てからも必要です。こうした力を評価する機会を設ければ、生徒も積極的に身につけようとするでしょう。そこで複数の知識を組み合わせなければ解けないパフォーマンス課題とルーブリックを用いた評価手法の開発が重要だとわかりました」(辻先生)

ワークシートに書いた実験過程をルーブリックで評価

「教える」授業から「考えさせる」授業へ

パフォーマンス課題は、まず2年生理系の「物理」の授業で導入した。知識を活用して解くような問題が作りやすい単元を選び、2013年12月に「(1)単振り子の周期を測定する実験」、2014年3月に「(2)万有引力の法則を用いて天体の質量を求める授業」を行った。さらに、2014年7月には、現在の2年生に対して運動量の保存の単元で「(3)ガラス玉の投下実験」の授業を行った。

 

「(1)単振り子の周期を測定する実験」の授業では、まず単振り子の周期の測定の方法を学んだ後、振幅、おもりの質量、振り子の長さなどの条件を変えて測定し、測定値から理論曲線を予想させた。まとめでは、測定方法や有効数字、誤差について気づいたことを記入させた。

 

授業前には「関心・意欲・態度」「観察・実験の技能」の2観点について各3段階のルーブリックを作った。「関心・意欲・態度」は測定時に気をつけたことについて記述があるか、「観察・実験の技能」は正確な測定ができたかを規準とし、生徒のワークシートの記述内容から評価することにした。授業後に生徒のワークシートを回収し、2観点について、評価基準ごとに分類したところ、例えば「関心・意欲・態度」については評価3(十分に満足できる)が3人、評価2(概ね満足できる)が11人、評価1(支援が必要)が22人と大きく偏ってしまったという。

 

「原因は、初めての実験で実験結果を踏まえた思考や表現に生徒が慣れていなかったことと、ワークシートの記述欄に、何について書くかといった指示を設けなかったことだと考えています。例えば『測定するときに気をつけたことは何か』などと書く内容を明確に指示しておけば、関係のない記述は減り、教員も評価がしやすかったと思います。また、ルーブリック自体にも課題が見つかりました。表現が曖昧な部分があり、教員によってつける評価にばらつきが出てしまいました」(辻先生)

 

「(2)万有引力の法則を用いて天体の質量を求める授業」では、まず1時間目に地球の質量、太陽と地球の距離などの求め方について生徒に示して解き、考え方を学ばせた。そして2時間目は、1時間目に求めた値もワークシートに記入した上で、火星と太陽の距離、月の質量、太陽の質量を求めさせた。通常、物理の問題では解答を導くのに必要な数値だけが与えられているが、今回は計算に不要な数値もワークシートに多く提示し、与えられたデータを活用する力を測るようにした。

 

(2)についても、(1)同様にワークシートの記述内容をルーブリックを用いて評価した。ルーブリックは2観点4段階からなり、「思考・判断・表現」の観点では示されたデータから適切な公式を使い、複数の方法で値を算出できるか、「観察・実験の技能」の観点では関数電卓が適切に使えるかを規準とした。(1)の反省を踏まえて誰もが同じ評価ができるような文言を使い、生徒にもルーブリックを示すことで学習の指針とした。

 

また(1)(2)のルーブリックとは別に、理科のパフォーマンス課題全てにあてはまるような「一般的ルーブリック」案も作成中である。「A仮説の設定」「B実験計画」「C実験・観察・調査」「Dデータ処理・考察」「E調べ学習」「F発表表現」の6項目について、4つの到達レベルごとに基準をまとめている。A、B、Eについては「思考・判断・表現」、C、D、Fは「思考・判断・表現」「観察・実験の技能」の観点について規準を作成した。

 

「ルーブリック作成やそれを使った指導はまだ研究途上ですが、教員の意識が変わってきたと感じます。生徒に教えるというより、実験を通してどう気づかせるか、考えさせるかを意識するようになりました」(辻先生)

生徒の活動そのものにも評価を拡充

知識を活用する体験で、科目への関心を高める

今年度の「(3)ガラス玉の投下実験」では、ワークシートの記述に加え、活動そのものの評価に取り組んだ。まず「ガラス玉を斜面上の点Pから水平面に転がし、点Aでガラス玉を飛び出させて落下させ、点Bではねかえって点Cに着地させる」ための点Pの高さを計算させた。その後、計算した数値をもとに、検証実験を教員の前で各自5回行って、点Cに着地する精度で評価した。

 

(3)の課題の評価も、(1)(2)同様にルーブリックを用いて行った<図表>。

<図表>「(3)ガラス玉の投下実験」評価用ルーブリック(教員用)

「(3)は『思考・判断・表現』の観点に、(1)(2)同様にワークシートに正しい解答が書けているかという規準に加え、教員の前で実験をして正しく点Cに玉を落とせるかという規準を盛り込んでいます。そこでルーブリック作成時には、実際にどの程度成功するかを調べるために教員が予備実験を行いましたが、これにとても手間がかかりました。理論値と違って、実験では位置エネルギーの回転エネルギーへの転換、ガラス玉が床に落ちる部分に敷いたスポンジの反発などいろいろな要素を考えに入れる必要があるためです。これらについては予備実験でわかった値を生徒に与え、それを踏まえて計算するように指導しました」(辻先生)

 

実験の結果、中には定期考査では赤点だったにもかかわらず、P地点の高さを正しく求め、5回とも目標ポイントへの着地を成功させた生徒もいた。「ペーパーテストでの誤りではあまり振り返りをしない生徒でも、実験などのパフォーマンス課題は体感的な取り組みであるため、失敗したときの悔しさが大きいようで、生徒が意欲的に取り組むという良さがあります。また、物理の知識が実際に活用できるものだと生徒が体感できることも良い点だと思います。『物理ってすごい』などの声も聞かれました」(辻先生)

 

こうした生徒の反応を受け、辻先生は現在、パフォーマンス課題以外の授業の際にも「学習したことを現実ではどう使うことができるか」を伝えることを意識しているという。「例えば自由落下の授業では、橋の上から石を落としてストップウォッチで水面に落ちるまでの時間を計れば橋の高さを計算できるといったことを話します」

パフォーマンス課題を実施しながら徐々に改善

生徒の多様な資質・能力を育てる

同校の研究では、知識・理解を習得する力だけでなく、学習で得た知識を活用する力と、それを踏まえて探究する力を適切に評価し、生徒の多様な資質・能力を育てることをめざしている。3つのパフォーマンス課題の実施を通じて、生徒の幅広い資質・能力をどのように測るかについて、さまざまな知見が得られたという。

 

例えば「思考・判断・表現」は、ワークシートの記述内容で測ることができると考えている。

 

「(1)〜(3)の授業ではワークシートを用いて生徒を誘導しながら計算や実験をさせました。生徒が自由に記入できれば、生徒が自分の思考過程を表現する幅は広くなりますが、何を書けばよいかわからず戸惑う生徒も出ます。ですから誘導の仕方は、各校の生徒の状況に応じて変える必要があると思います。また、パフォーマンス課題の回を重ねる度に、誘導を少なくしていくのも良いのではないでしょうか」(辻先生)

 

さらに(2)の授業で、生徒同士で教え合う時間を10分程度とり、お互いに自分の解法を的確に伝えることができたかなどを評価するという他者評価も導入しようとしたが、生徒は自分で問題を解くだけで精一杯だったため実施しなかった。これについては、取り組みを重ねることにより実現できると考えている。

 

また、一般的ルーブリック案では対応しない「関心・意欲・態度」については、(2)の課題で、複数の解法で解いたら意欲や関心があると判断しようと考えていたが、時間が足りず、多くの生徒が、1つの解法のみだった。そのため、まずは評価観点に対応した生徒の行動内容を適切に設定することが今後の課題である。

 

「昨年度は物理のみでしたが、今年度は物理・化学、来年度は生物を加えてパフォーマンス課題を実施する予定です。ルーブリックについてはいつも全ての観点を評価するのではなく、まずは1〜2の観点に絞ると導入しやすいのではないでしょうか。パフォーマンス課題もルーブリックも、焦らず徐々に良くしていくことが大切だと考えています。1学期に1回程度継続して実施していくことで、生徒が多様な資質・能力を身につけられるようにしたいと思います」(辻先生)

愛知県立一宮南高等学校

◊所在地 : 愛知県一宮市千秋町町屋字平松6-1
◊沿革 :

1979(昭和54)年 開校

2008(平成20)年 創立30周年記念式典挙行

◊学級編成 :  [全日制]普通科各学年8クラス
◊生徒数 :  956名(男子490名、女子466名)2014年8月現在
◊特色 :  愛知県北西部に立地。「創造と勤勉」を校訓とする。部活動が盛んで、毎日活動している生徒が生徒の約8割を占める。生徒のほとんどが大学進学を希望しており、1年生から希望者を対象に補習を行う。また、週末に「週末課題」を出すほか、長期休業中に課題を出すなど、生徒の学力向上に取り組んでいる。
◊卒業生の進路 :

 2014年3月卒業生 277名(7クラス)

  • 進路:4年制大学 245名、短期大学 8名、専門学校 22名、就職 0名、
    その他 2名
  • 合格者の内訳(現役生、延数):国公立大学 75名、私立大学 1,031名

 

(注1)パフォーマンス課題...知識やスキルを応用・統合して使いこなすことを求める課題。例えばレポートや論文、プレゼンテーション、作品、実技などのできばえを評価する。ペーパーテストと並行して行うことで、より幅広い資質・能力を測ることができる。


(注2)ルーブリック...学習者が何を学習するかを示す評価規準と、学習者が到達しているレベルを示す具体的な評価基準をマトリックス形式で表示したもの。事前に明示した目標に準拠した観点について、何ができればどの段階にあるのか具体的に記述されているところに特徴がある。例えば大阪府教育センター、京都府立園部高校のようなものがある。

※Kawaijuku Guideline 2014.9より

(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)