特集 ICTの導入で変わる学び

事例4 誰もが簡単に作成・使用できる仕組みを作り400以上の自校開発 ICT教材を共有する 

福岡県立戸畑高等学校 前田毅先生(進路部長、数学科)


福岡県立戸畑高等学校では、公益財団法人パナソニック教育財団の「実践研究助成(初等中等教育現場の実践的な研究に対する助成制度)」に応募し、2012年度~2013年度にわたり研究助成を受けた。『普及型ICT教材300の開発・実践及びデータベース化の推進』を研究課題に掲げ、この2年間で、ICTを活用した授業改善に大きな成果を上げた。


現在は、自作目標数300を大きく上回る400余りのICT教材(黒板に投影する教材や、配布するプリント)を全教員で共有し、自由に使える仕組みを構築。学年や教科を問わず、毎日の授業で活用している。ICT教材普及の推進役を担った前田毅先生(進路部長、数学科)に、2年間の成果と日々の実践の様子を伺った。

誰でも簡単に作成し、使用できる体制を構築し教員全員の財産にする

福岡県立戸畑高等学校は2012年度からパナソニック教育財団の助成を受け、ICT教材の開発とデータベース化を進めてきた。助成を申請した当時の状況を、前田先生は次のように振り返る。

 

「私は以前から、授業のマンネリ化を防ぐため、生徒の興味・関心をひきつける授業を模索してきました。その中でICTの活用も試み、例えば二次関数の授業において、スクリーンにグラフを映し、関数に代入する値を変えればグラフが変わる様子を示すなどの工夫を行ったこともあります。しかし、年に数回、限られた分野について、コンピュータ教室など特別な場所で行うに留まり、機器の扱いにも課題がありました。そこで、ICTを使った授業改善について長年研究してきたパナソニック教育財団の知見から学びたいと考えました。また、研究指定を受けることをきっかけに、教員全員で問題意識を共有し、授業改善に結び付けたいと考え、学校全体の取り組みとして助成制度に応募したのです」。


近年、電子黒板やデジタル教科書などを使って授業を行う学校も増えてきたが、ICTスキルが高い一部の教員の取り組みである場合も多い。それに対し、戸畑高校は、ほぼ全ての教員がICT教材を作成もしくは利用して授業を行っている点が大きな特徴である。しかし、最初はICTに慣れていない教員、苦手意識を持つ教員も多かった。そこで前田先生は、誰でも簡単に利用できるように工夫し、とにかく「やってみよう」と思えるような環境を整え、全校での取り組みに発展させてきた。

教員への呼びかけとデータベースの開発によりICT教材の作成・共有を促す

戸畑高校がICT教材の開発を進める目的の一つは、教材を互いに参照することで、授業を改善することである。そのため、作成した教材は校内サーバー内のデータベース「MATE_NAVI」で共有することとした。

 

データベースの開発にあたっては、教材を簡単に登録でき、かつ使用したい教材を簡単に検索できることを主眼に置いた。これらが煩雑だと、各自のパソコンやUSBメモリ等の記録媒体などに保存する教員も出てきてしまい、共有が進まなくなるからだ。


当初は「どのような教材を作れば良いかわからない」と悩む教員も多かったが、このデータベースによって、他の教員が作成した教材も手軽に利用できるようにしたことで、全教員が取り組めるようになったという。


ICT教材は自作にこだわった。生徒の学習状況を知っている教員が、現状を把握しながら作成し、授業に活用することが重要だと考えたからだ。


「ICT教材というと、教科書会社等が提供するような、完成度の高いものを想像しがちですが、質が低くても良いので作ってみて、共有しようと呼びかけました。ハードルを下げることで、まずは多くの先生に試みてもらいたかったからです。教材の質は、共有し互いに参考にしあう中で高めてゆけばよいと考えました」(前田先生)


教材の作り方やICT機器の使い方などの研修も行ったが、実践研究を始めて半年間は、取り組む教員も多くなかった。しかし、英語科の大山文子先生がICT教材に関心を持ったことをきっかけに、急速に実践が広まった。


大山先生は、教科書の英文に文構造や日本語訳などを書き加えて説明する授業を行うため、以前は授業が始まる前に教室に行き、黒板にその日扱う単元の英文を板書していた。しかし、英文をデジタル化し、プロジェクターで黒板に映すことで、板書の時間が大幅に短縮された。そうした利点を他の教員にも紹介したことで、英語科を中心に活用されるようになった。


利用を望まない先生には無理に呼びかけなかったが、他の教科でも「板書の時間が短縮できる」「生徒の理解力が向上する」「授業が早く進む」など、ICT教材の良さを実感する教員が増えていった。


ICT教材は、パソコンにつないだプロジェクターから、黒板に貼り付けるスクリーン(インタラクティブパネル)もしくは黒板に映して使っている。必要な機材は多いが、これらを1セットにしてワゴン(ITカート)にまとめるとともに、校舎の各階に5台程度ずつ配置するなど、移動しやすいように工夫した<写真>。現在では、15セットのほぼすべてが、毎時間どこかの教室で使われているという。

教科に応じてさまざまに活用
授業が変わる!と実感する

それでは、ICT教材が実際に授業でどのように使用されているか、代表的な例をいくつか取り上げてみよう。

【例1】3年生・英語

教科書の英文をdbookというe-教材作成ソフトで取り込み、説明したい箇所を黒板に投影する。教員は映し出された英文にチョークで線を引いたり、コメントを書き込んだりする。代名詞が何を指しているか、黒板に投影された英文に直接線を引き矢印で結びつけるなど、論理構成を視覚的に説明できる。


この方法は、文構造の理解などを中心とする英語、現代文、古典などで利用されている。板書の時間が大幅に減って授業進度が速まり、生徒に考えさせる時間を多くとることができるようになったそうだ。


なお、英文の全文は、生徒にあらかじめ配布する授業プリントにも印刷している。黒板に映す教材と手元のプリントが連動することで、生徒にとってもノートが取りやすくなり、理解度も高まっているそうだ。

【例2】2年生・数学

問題文をpowerpointに取り込み、スクリーンに投影しながら解説している。スクリーンは、ホワイトボードのように書き込むことができる。


以前の数学の授業では、時間の短縮や黒板のスペースなどの理由から、問題文を板書することは少なく、生徒は教科書を参照しながら黒板の解説を見ていた。しかし、問題文と板書は同時に見たほうが理解しやすいため、このような活用に手ごたえを感じているそうだ。


また、手元の教科書を見ながらの授業の場合、生徒の目線が下がるため、生徒が理解しているのか、どこを疑問に思っているのか、わかりにくい。ICT教材を活用することで、必然的に顔が上がるため、教員も生徒の理解状況を確認しながら授業が展開できるという。

【例3】3年生・数学

問題の解説をPDF化し、スクリーンに映している。教員は手元のiPadを使って、生徒に注目してほしい部分を拡大したりしながら、解法の手順を説明している。「前を見て!」や「ここに注目!」という言葉をかけるだけに比べて、生徒の視線の移動も促せるため、学習内容を強調しやすいそうだ。


他の科目でも、画像や動画を見せるなど、さまざまな活用がなされている。例えば生物の授業では、人体構造の画像を黒板に映したり、赤血球の働きを動画で示したりした。板書で指導する場合は、精密な図を描くには相当な技術を要する上に、動きを表現することも難しい。これらをICT教材の導入によって解消したのだ。


なお、戸畑高校では、公開授業や指導主事を招いた研究授業を行うとともに、授業見学にも積極的に応じるなど、さまざまな機会を利用してICT教材を使用した授業を公開してきた。そして、見学した先生たちの意見なども参考に、授業改善に生かしてきたそうだ。

 

<写真>ITカート

ICT教材を使う目的を明確に意識することが教員一人ひとりに求められる

生徒の学力の変化などは検証中だが、普及型ICT教材開発の成果として、前田先生は、教員同士で話し合う機会が増えたことを挙げる。自分で作った教材の紹介や、より効果的な作り方のアドバイス、教材を使った授業の進め方の相談やアイデアの出し合いなどが盛んになり、教材の数が充実するだけでなく、授業の質も向上してきているそうだ。


「他の教員がどうやって授業しているか関心を持つようになったことで、孤独に授業しているのではないという安心感を持ち、情報交換が活発になっているようです」(前田先生)


現在、戸畑高校のほぼ全ての教員がICT教材を作成または利用した経験を持ち、取り組みは根付きつつある。今後の課題は、生徒の状況や教科特性に合わせて、どの単元で、どのように使うかなど使用者がさまざまな選択をしながら効果的な利用方法と教材の開発を進めることである。


「ICTは道具であり、万能ではありません。使用者が明確な目的意識を持たないと、効果を発揮しないでしょう。どんなに設備投資をして高い到達点を設定しても、現場の状況に合わなければ長続きしません。どのように使いたいのかをイメージし、まずは自分たちでできることから進めていくことが重要なのです」(前田先生)


現在、ICTの活用は授業中の教員による使用が中心であるが、今後は生徒による利用や、教科外での活用も視野に入れている。


「昨年、学校ホームページから生徒が教材をダウンロードできる環境を整えました。各教科の問題演習用のプリントや入試問題、英語の自宅学習用の音源などをアップし、生徒が自宅のパソコンでダウンロードできるようにしています。今後は、タブレット端末を生徒に持たせて活用する実践も行ってみたいと考えています。さらに、進路指導などさまざまな場面での活用も視野に入れていますし、『エースプログラム』(総合的な学習の時間)などで生徒がプレゼンテーションする機会を増やすなど、さらに取り組みを改善していく予定です」(前田先生)

福岡県立戸畑高等学校 

◇所在地: 北九州市戸畑区夜宮3-1-1
◇沿革: 1936年福岡県立戸畑中学校開校
  1948年学制改革により福岡県立戸畑高等学校へ(男女共学)
◇学級編成: [全日制]普通科各学年6クラス
◇生徒数: 709名(男子334名女子375名)2014年5月現在
◇特色:

校訓は『自主・調和』。旧制中学からの歴史を持つ進学校である。5階建て校舎は明るく開放的。生徒の自主性を重んじる校風があり、戸高3大行事(文化祭・体育大会・予餞会)は、生徒会が中心となって行われる。部活動が盛んで、野球部は甲子園への出場経験もある強豪。水泳部、陸上部、弓道部もインターハイへの出場実績を持つ。文化部では、書道部、放送部などが全国大会に進んでいる。

◇卒業生の進路: 2014年3月卒業生237名
  ・進学先:4年制大学208名
  ・合格者の内訳(現役生、延数):国公立大学(大学校含)123名、私立大学184名


※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より

(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)