【授業事例21】

プレゼンテーションを軸にした授業実践~相互評価も取り入れ、話し手だけでなく聞き手の成長も促す

埼玉県立浦和高等学校 長澤昇一先生


長澤昇一先生
長澤昇一先生

私は2012年に浦和高校に赴任し、一昨年度(2012年)は「情報B」、昨年2013年度は「社会と情報」(ともに1年生・2単位・必修)を担当して、今年で3年目になります。本校の教科「情報」は、「情報の共有と操作」をテーマとして、各種メディアの特性を理解し、その特性を生かして情報の活用を実践する授業を展開しています。具体的には、音や映像等のメディアを使った情報共有・操作を意図する作品制作(CM制作等)とそのプレゼンテーション、相互評価などです。

 

昨今、プレゼン能力を育成する重要性、必要性は誰もが認めることですが、教員はたくさんの生徒を同時に指導するため、プレゼンの質の向上に時間をかけるのは難しく、また時間がかかるわりには実りが少ないという声も少なくありません。本校の情報の授業では、そういった流れにあえて逆行するように積極的にプレゼンを取り入れています。今日はこの取り組みについてお話ししたいと思います。

 

「嘘つき自己紹介」 ~毎授業10分のプレゼンが効果的

 

まず浦和高校についてご紹介しますと、非常に学力の高い生徒が集まっている進学校ですが、勉強だけでなく部活や行事にも全力投球、という校風です。プレゼン能力も、彼らがいずれ「世界のどこかを支える」ためには、必ず身に付けておくべきものであると考えます。

 

年間の授業内容は左表の通りですが、今年はその中で、一人当たり個人5回、グループ5回の計10回プレゼンを行います。実は、授業の中でプレゼンのテクニックの指導はほとんど行っていません。新入生には、入学前の春休みの課題として、「白熱授業」や「TED (Technology Entertainment Design)Talks」など優れたプレゼンを紹介するテレビや動画等を最低2つ視聴して、自分の理想のプレゼンはどのようなものかをレポートにまとめる、という作業を行わせます。これは彼らがプレゼンに取り組むための、いわばお守りになります。レポートを読むと、概ねプレゼンとはどうあるべきかは理解できていますが、実際にやってみて初めて理想と現実のギャップを痛感することになるのです。

 

1・2学期は、授業の冒頭10分程度毎回2~3人ずつ個人のプレゼンを行います。1学期のテーマは「嘘つき自己紹介」で、生徒は自分に関する情報を4つ提示して自己紹介しますが、1つだけ嘘を混ぜる、ということになっています。目標は左表の通りです。

 

この時、生徒にはプレゼン用に「DNS」「著作隣接権」「ユニバーサルデザイン」などといった情報用語をミドルネームとして与えます。このミドルネームの意味を夏休み中に自分で調べておき、2学期にはこの内容で「情報用語プレゼン対決」を行います。ここで、自分のミドルネームになった情報用語について調べてプレゼンできるように理解しまとめるとともに、他の人のプレゼンを聞くことで、授業で通り一遍に扱うよりも、深く学ぶことができます。

 

プレゼンの授業はどうしても時間がかかりますが、このように短時間を毎回繰り返し行うことで、まとめて時間を取るよりもプレゼンターの生徒も構えずに話せるようになりますし、聞き手の生徒も集中が途切れず、より効果が上がると思います。

 

さらに、2・3学期は授業で行う「ラジオ番組制作」「学校紹介CM制作」などのプロジェクトの中で、グループ単位のプレゼンを行います。この時は、プレゼン前に「声の抑揚をつける」「笑いを取る」「結論-根拠を明確に」など、それまでのプレゼンで自分の課題として挙げたものを1つ選び、そこを意識して話すようにさせます。

 

このようにして、年間を通してプレゼンにかける時間は約20時間になります。

 

ビデオ撮影は効果絶大。自己評価と他者評価を繰り返し、伝える力が身に付く

 

プレゼンは必ず相互評価とセットで行います。評価の観点は下表の通りで、これを自己評価するとともに、同じ項目で他者からも評価を受けます。評価は電子ファイル上で行い、すぐに見比べられるようになっています。

さらに、プレゼンの様子はビデオで撮影してその映像を各自に渡し、自分のプレゼンの良い点・次回に向けて改善すべき点をプレゼンレポートにまとめます。ほとんどの生徒が自分の姿にショックを受けますが(笑)、自分が話す姿を客観的に知る、という点でこのビデオ撮影の効果は絶大です。

 

プレゼン能力の向上として顕著なのは、話す内容をシンプルにまとめられるようになることです。もともとよくできる生徒達ですから、初めはどうしても話し過ぎてしまい、何を伝えたいのかがぼやけてしまいがちになってしまうのですが、本人たちはそのことに気付いていません。それが、動画を含めた自己評価や他者評価を繰り返すうちに、どのように伝えたらよいのか、ということが着実に身に付いてきます。

 

聞き手としての態度の成長も狙う

 

プレゼンを授業で行う上で重要なのは、話すことだけでなく、聞き手としても成長させることだと思います。1学期は、まずプレゼンターが話しやすい雰囲気を作ることを意識させます。さらに、他人のプレゼンを観点に沿って評価しながら聞くことで、聞く力を高めると同時に、問題点を見抜き・見極める力や問題発見能力、自分の意見を構築する能力も身に付けることができ、それが自分のプレゼンへのフィードバックともなり、プレゼン能力の向上につながります。

 

さらに、聞き手の位置付けももう一段上を目指します。2学期にラジオ番組の制作プロジェクトのプレゼンを行う時には、聞き手はスポンサーとして「この番組にお金を出せるか」という観点で評価します。ただ、プレゼン内容について、質疑応答や批評で議論を深められればよいのですが、なかなかそこまで至ることは難しいです。その場にいる生徒が新たなものの見方や考え方を発見し、情報を共有でき有用な場にするために、日頃から質問をさせる場を意識的に作り、それに応えるための指導が課題であると思っています。

 

このプレゼンの自己・他者評価とは別に、授業の振り返りを兼ねた出席カードも毎時間記入させています。これは、毎回の取り組みを「楽しんで取り組んだか」「とことんやったか」「礼節を重んじたか」「理解度」「満足度」の5項目で自己採点するとともに、授業に関する質問・意見・感想などを具体的に書くものです。これを、授業後提出させ、コメントを書いて返す、という形のやりとりを行い、文章力や質問力、批評する力の向上に役立てたいと思っています。

 

進学校の生徒に学んでほしいこと

 

乱暴な言い方ですが、進学校の生徒はこれまでの教育で、与えられた問題に対していかに速く正確に答えを出すかということを一生懸命訓練されてきました。そのため、問題は与えられ、かつ正解はあるものだと信じており、本当の意味で自分で考える、疑う、問うということがなかなかできません。もちろん、基本的な知識を覚えることは考えることの基礎になりますので、とても大事なことです。また、大学入試という現実がある以上、問題に対して、反射的に正しい答えを出すということが要求されています。しかし、このような正解主義一辺倒が続くと、自ら考えることのできる人間がどんどん少なくなり、いったいどんな世の中になってしまうのだろうと正直不安になります。人間はコンピュータではありません。単純なことを間違うときもあるし、馬鹿なこともすることがある一方、ものすごいアイデアを発見することもあります。コンピュータのように機械的に効率良く答えを出すことに汲々とするのではなく、好奇心、情熱、遊び心などを大事にして問題と向き合えれば、学ぶという行為がこれまで以上に楽しくやりがいのあるものになるのではないでしょうか。

 

そして情報の授業だけでなく、他教科の授業や学校生活、また日常生活の何気ない部分も実は全て学びに繋がっているということに気づいて欲しいです。もう一度言います、キーワードは、好奇心、遊び心、情熱(私は愛と呼んでいます)です。私自身が日々このキーワードを胸に、生徒の成長を手助けできる存在になれるよう精進していきたいです。

 

最後に、私の尊敬している批評家の小林秀雄先生の言葉を紹介します。

 

学問においては「問う」ことがいちばん大切なんだ。

「答え」を探すときには頭は働きませんよ。

覚えてばかりいなさんな。自分に向かって問うてみなさい。

君は自分に向かって質問しているか?

 

※第62回ICTE情報教育セミナー(2014年5月18日 武蔵大学)ポスターセッション発表