情報処理学会第76回全国大会 イベント企画

セッション「高校での情報教育―2013年度学習指導要領のもとで:普通科・専門学科、および教員養成」

世界最先端IT国家創造宣言における人材育成

平本健二氏 内閣官房政府CIO補佐官・経済産業省CIO補佐官


平本健二氏
平本健二氏

昨年2013年6月に、「世界最先端IT国家創造宣言」が閣議決定されました。国全体として、今後どのような社会を作っていくか、そのために人材育成をどうすべきか、ということを整備していこうということです。私どもがターゲットに考えているのは2020年です。2020年の社会でどのような人材が求められ、どういった環境を作っていくべきなのかを検討しています。今回私は、政府CIO補佐官という立場からその話をいたします。

 

まず、2020年とはどんな社会でしょう。2000年からどのように変わるのか、表にしました。今から10年前は、写メールが流行ったり、ロボットも結構堅苦しいタイプだったりしたのが、2010年にはロボットはもっと人に近くなり、回線のスピードが速くなり、3D映画やプリンターが出てまいりました。さらに2020年というと、10ギガで通信できる携帯電話やフレキシブルディスプレイが可能になるでしょう。

 

つまり社会全体が、今とは全く変わってくる。仕事のやり方について言えば、2030年には、グローバル・バーチャル・チームで働くようになるでしょう。今でも企業でテレビ会議などをしていますが、さらに日本と世界との距離が縮まり、一層流動化してくるというわけです。また、多くの仕事を機械が代替するようになり、その上で高付加価値のサービスを人間が行い、機械と共存するような社会になるでしょう。

 

教育の仕組みも大きく変わります。すでにスタンフォード大学やMITの授業がネットで受けられる時代になってきています。この流れがさらに進めば、難民キャンプにいる子どもが高等教育を受け、世界に対して自分の能力を発信することも夢ではありません。

 

そうした時代に向けて、日本はどのように取り組んでいくべきなのかを考えたのが「世界最先端IT国家創造宣言」です。この宣言の重要な点は、閣議決定していることです。今までのIT戦略と異なり、全閣僚が集まり総理の指示の下、国全体として絶対これをやっていくと強い意志で臨んでいることです。

 

そのために何をなすべきか~宣言の目指す人材育成・3つの柱

 

「世界最先端IT国家創造宣言」に掲げられている人材育成・教育の目標には、3つの柱があります。(1)教育環境自体のIT化、(2)国民全体のITリテラシーの向上、(3)国際的にも通用・リードする実践的な高度なIT人材の育成、です。2つめの「国民全体のITリテラシーの向上」とは、たとえば電子商取引が盛んになっているとは言っても、まだITを使いこなせる人ばかりではない。社会全体で皆が使いこなせるようになれば、もっといろいろなことができるようになり、行政サービスも高度化できると思います。3つめは、天才的なスペシャリストを育てたいということ。高度なIT人材を育成することで、日本発の産業・技術を興したりできるようになるでしょう。

 

1つめの教育環境自体のIT化では、学校現場に高速回線を引いたり、タブレットやPC電子教科書の普及、電子黒板、無線LANの導入など、基礎的な環境の構築があります。現在日本の超高速回線と言われるもので30メガですが、アメリカ政府が全米の学校で考えているのは100メガです。日本がこのままでいいはずはありません。技術進歩が激しいので、それに合わせて計画の柔軟な見直しも必要であると思います。また、教師が児童の発達段階に応じたIT教育ができるように、ITを活用した指導のモデルや、教師自身のIT活用力の向上を図りたい。そのために指導案や教材など、教師が活用可能なデータベースを構築する必要があります。また、各省庁にすでにある子ども向けホームページを、教材として活用できるよう整理し直すことも可能です。企業や民間団体にも協力を呼びかけたい。自分の産業に今後有望な人材に入ってきてほしいのであれば、たとえば、自動車産業の人に物理の教材を作ってくださいと働きかける、といったことです。

 

また、学校と家庭がシームレスにつながる教育・学習環境の構築も大切です。さらに新しいモノづくりを担う3Dプリンターのようなデジタル・ファブリックやロボッティクス、プログラミング、情報セキュリティなど、日本のこれからの産業を支え、将来を展望した技術を習得できる環境整備をしたいと考えます。日本のロボット技術は、世界中から注目される最先端にあるのですから。そのような日本の強い分野のさらなる発展に力を入れていきたいと考えています。

 

具体的に何をするのか~創造的IT人材育成方針(略称PEOPLE)

 

それではこの3つの柱を具体的に実行するために何が必要かを考え、省庁横断的な計画として「IT人材強靭化計画」(仮称)を計画しました。「IT人材の強靭化って、ロボットを作るのか?」とかいろんな議論がありましたが(笑)。最終的に我々のIT戦略本部の決定として、2013年12月に、「創造的IT人材育成方針~ITとみんなで作る豊かな毎日~」。副題を英語で頭文字をとって略称“PEOPLE” (Principle for Enjoying Opportunities and Prosperity in Life with IT Engagement)という名前で今後の計画方針を発表しました。

 

PEOPLEがめざすのは、日本の経済成長であり、国民の皆さんが幸せに安心して暮らせる社会です。それを実現していくためにどのようなIT人材育成が必要かというと、2つの道が考えられます。

 

1つは、「創造活動の促進」という観点からのIT人材育成です。たとえば「僕はすごくプログラミングが得意だ」という人がいるとします。そういう人達にもっと伸びてもらうためのコンテストを開催するとか、新規ビジネスを始めるための基礎知識や技能を学ぶ機会を増やす、あるいは立ち上がったベンチャー企業の支援をすることなど、新産業として創造の幅を拡大することが挙げられます。また、ネットワークを使えばみんなの潜在的な能力を発揮できるということがあります。たとえば、東日本大震災の後、いろいろな形でITを活用したボランティアが出てきました。実際に被災地に入ることはできないけれど、ITを使って支援サイトを作り、現地の人のニーズに応えていく。そういった個人のポテンシャルを生かす場を作り、そこでうまくいったものをサポートしてさらに育てていく、といったことです。

 

ITの効用は、個人の能力に依拠するものばかりではありません。工場のラインでITを使うと作業が効率化することは知られていますが、それを応用して新産業を興すことも可能です。さらに、新産業だけでなく既存産業においても、ITを使うことで大きく変わるということもあります。近頃言われる電子カルテはその好例です。また、IT人材の育成は、消費投資活動の促進という観点からも必要です。創造的な人材育成は、結果的にモノやサービスの購入を促して消費を活性化し、経済を成長させるわけですから。

 

必要とされる能力の全体像は…

 

「創造的なIT人材育成方針」において、どのような能力が必要とされているのか。その全体像を述べたいと思います。まず、すべての国民に身に付けてほしい能力として「情報の利活用力」があります。その中には「情報の読解・活用力」、情報を集め新たな情報として発信していく「創造・発信力」、自分の情報をどう守るかという「情報安全に関する知識・技能」、そして「情報社会における規範に関する知識・態度」、つまり情報倫理に関する能力です。

 

もう一つは、「情報の開発・応用力」を持った、より情報の高度な人材の創出が挙げられます。その中で求められる能力に、「情報サービス実用化力・提供力」があります。情報産業で今何がすごいかというと、1つのサービスを作ると、それがたちどころにワールドワイドなサービスになるのです。1つ100円のアプリを作ったとして、それが世界レベルで売れれば、いきなりビッグビジネスになります。日本では、技術もコンセプトも悪くないのに、情報サービスをどうやって実用化するかという部分で遅れを取っていたということが結構あるのです。ソフト開発能力、システム基盤開発力、情報開発基礎力についても同様のことが言えます。

 

高度な情報人材の創出という部分では、中学高校のクラブ活動の中などでもプログラミングの優秀な生徒がいるわけですが、そういう人材を確実に見つけ、突出した人材を発掘していきたい。伸びる子はどんどん伸ばし、日本型の天才を育てていかなければならないだろうということです。


もう一つ大切なのは、学校の先生の情報活用の指導力を高めること。まだこれについては検討中ですが、たとえば、教科「情報」の先生方に「情報」が必修化されたこの10年間で何が課題だったかをぜひ聞かせていただいて、次にどのような施策が必要なのか考えていきたいです。

 

今後に向けては、現在、能力項目の定義について議論中です。我々のIT戦略本部の下に専門調査会・人材育成分科会があります。現在そこで、工程表の見直しを行っていて、今年5月に見直し案を出す予定です。関係各省庁とすり合わせをして、2020年になったらこれができるという話ではなく、今からでもできるところはどんどん取り組んでいきたいと思っています。