基調講演

文と理を結ぶ情報教育、基礎情報学からのアプローチ

~人間と機械の理想的なコラボレーションで、「人間のための情報社会」を構築するために

東京経済大学コミュニケーション学部教授・東京大学名誉教授 西垣通先生

5.望ましい情報教育とは


最後に、今日お話ししたことを踏まえて、今後情報教育で我々がやらなければならないことをまとめます。

 

まず、最新知識よりも基本知識。最新知識なんてどんどん変わります。私は40年間コンピュータと付き合ってきて、「これは素晴らしい」というハードもソフトも数えきれないくらい出てきましたが、あっという間に消えていきました。もちろん、その中に残るものもあり、それは大事なのですが、やはり学校では基本知識を教えなければいけない。そうしないと、どんどん移ろっていく情報に振り回され、情報洪水で溺れてしまうわけです。

 

そうなると、やはり情報の本質をつかむことが大事です。根本から生命とは、機械とは何だろうかと問い直し、その違いを踏まえて本当に必要なITの在り方を考えていく能力の促進を情報教育の根幹に据えない限り、我々はとんでもない方向に行ってしまう、と私は思います。これは間違いありません。今、ITというと、恰好のいいきらびやかなことばかりがマスコミで流れていますが、そこにいろいろな落とし穴もあります。落とし穴が何なのかをつかむためには、やはり基本的な知識というものを身につけていなければいけません。

 

人間のための情報社会を築くためには、人間と機械の理想的なコラボレーションが必要です。そのために、一人ひとりが今大事な情報教育とは何なのか、ということをぜひ熟考していただきたい。生きていく我々と、コンピュータがどのように共存していくか、これを考えずに、目先の便利さやお金儲けに引きずられた情報教育は慎むべきではないか、と考えております。

 


<参考文献>
・西垣通『基礎情報学(正・続)』NTT出版、2004-2008年
・ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』角川書店、2006年
・スコット・ペイジ『「多様な意見」はなぜ正しいのか』日経BP社、2009年
・西垣通『生命と機械をつなぐ知』高陵社書店、2012年
・中島聡『生命と機械をつなぐ授業』高陵社書店、2012年
・西垣通『集合知とは何か』中公新書、2013年
・マイケル・ニールセン『オープンサイエンス革命』紀伊國屋書店、2013年

 

●西垣通先生プロフィール
1948年生まれ。東京経済大学教授、東京大学名誉教授

 

東京大学工学部卒業後、エンジニアとして日立製作所に入社。このときOSやネットワーク、データベースなどの性能設計や信頼性設計を研究し、客員研究員としてスタンフォード大学に留学。日立製作所に戻るが、過労で倒れたのを機に退職し、明治大学教授、東京大学社会科学研究所教授、東京大学情報学環教授を歴任。技術を基礎に持ちながら、文理両方の分野にわたる脱領域的な情報学研究を拓いている。著書に、『デジタル・ナルシス: 情報科学パイオニアたちの欲望』(1991)、『こころの情報学』(1999)、『生命と機械をつなぐ知: 基礎情報学入門』(2012)、『集合知とは何か:ネット時代の「知」のゆくえ』(2013)他多数。