【授業事例23】

モラルジレンマを活かした情報モラル授業の検討

~「わかっていてもやってしまう」生徒達の実態に合わせて

東京都立江北高等学校 稲垣俊介先生


稲垣俊介先生
稲垣俊介先生

ここ2年ほど、モラルジレンマを取り入れた情報モラルの授業を行っています。以前は、情報モラルの授業では○か×で判断できるような、知識を問うわかりやすいクイズのようなものを利用してきましたが、簡単に答えが出せるような課題ではなく、どちらを選択したとしても、「これで平気だろうか」と考えてみるとジレンマに陥るような課題を用いて、生徒により深く考えさせるようにしたのです。

 

高校生くらいになると、モラルとしてどの程度がダメで、どの程度はいいかは何となくわかっています。しかし実際は、ごくふつうのいい子たちにアンケートを取ってみると、「ダメだとわかっているけどマンガをダウンロードする」「ダメなことは知っているけど音楽をコピーする」…という状況なのです。ですから授業では、その場その場での判断力を身に付けるようなものをやってみよう、というのが私の気持ちです。

 

例えば、「メールの拡散」です。やってはいけないと言われ続けているし、自分でもわかっていますが、「動物が好きな友だちから、『ペットショップが倒産して、大量の動物が処分されてしまうという。これを拡散してくれ』というメールが来た。さあどうする?」という事態について考えさせてみます。

 

普通ならば、「ここは拡散しちゃだめだね、メールを止めるのが常識だよね」となりますが、ここでは、まずこのメールを拡散した場合・しなかった場合について、生徒各自に考えてもらいます。「ここで拡散をしなかったために、ペットショップの動物がすべて死んでしまった」、「問い合わせの電話がたくさん入り、電話回線がパンクしてしまった」などと、生徒各自が場合に合わせたストーリーを作ります。これらの例のように、どちらに転んでも厳しい結果となる事例を課題にしています。

 

次に、4人程度のグループになり、グループ内で意見交換をします。そして他者の意見で印象的だったものや、自身とは違う立場からの意見を、青ペンでメモを取ります。

 

さらに、班ごとの発表を聞いた感想も、各自、青ペンでまとめさせます。このような問題では、どちらの意見の生徒もいるわけですから、「さあ、どうする」ということになります。落としどころは、「情報の信憑性を確認しよう」というところですが、ただ信憑性とは何か、ということまで考えなければならない課題もあります。

 

例えば、湾岸戦争でオイルタンカーが攻撃されて重油が流出して、水鳥が油だらけになった有名な写真がありました。これは、現代社会の教科書にも載っている題材なので、生徒はよく知っています。「でも、新聞に載っているからといって、すなおに信じてもいい? こんなふうにプロバカンダで世論を動かそうとしていることもあるね。そんな時どうするんだ?」とわざと問うてみるのです。こうやって、生徒に「さあ、どうしよう」と考える機会を与えています。

 

このような活動を通して、人によっていろいろな考え方があることに気付かせ、「学習活動の記録シート」に自分の考えを絞り込んで、今度は、黒ペンで自分の意見を再度まとめさせます。

 

さらに、まとめ(1)として、私が情報モラルの解説と情報操作についての説明をし、この情報が嘘であったなら、ということを考え、自身の意見を青、黒、赤以外のペンでまとめさせます(→上記プリント3.)。そして、最後の10分は、まとめ(2)として、自分の意見と他の生徒の意見に、さらに先生の説明を聞いてどう思ったかを記入させます(→上記プリント4.)。

 

この授業では黒以外に3色以上のペンを使わせています。色を分けて書かせると、人の意見を聞いたことでの思考の広がりや自分の意見の変化が目に見えて、生徒達にとってもおもしろいようです。

 

教師の評価は、このシートにA・B・C・Dの判定と、次回もっと良い評価になるためのコメントを記入します。いい意見のところには波線のアンダーラインを入れます。コメントでは、なるべく具体的な手立てを記述するように心がけ、生徒が次はどんなところを頑張ったらよいかわかるようにします。このコメントはなかなか大変なので毎回やるのはたいへんですが、赤ペンのコメントやアンダーラインは、生徒には励みになるようです。

 

情報モラルの指導で、「~してはいけない」という課題では、してはいけないことをやめさせる指導や、生徒の思考力を育むといった教育目標は果たせません。以前は、情報モラルクイズで〇か×かを考えさせればよい、という風潮がありましたが、それでは「わかっていてもやってしまう」生徒達には対応できません。高校に道徳の教科はありませんが、モラルジレンマの問題を扱い、考えさせることで、社会や他者への影響までを考慮し判断するという、高次の道徳性の育成を目指すことができるのではないかと思います。

 

第62回ICTE情報教育セミナー(2014年5月18日 武蔵大学)ポスターセッション発表