高校教科「情報」シンポジウム2015春

特別講演 「次世代のための情報教育を目指せ -胎動始まる教育改革の中で-」

筧 捷彦先生 早稲田大学/情報処理学会  情報処理教育委員会委員長

筧 捷彦先生
筧 捷彦先生

私は、情報処理学会の教育関係の諸委員会を統括する委員会の委員長なのですが、今世の中の枠組みがものすごい勢いで変わろうとしている割には、我々のところには教育改革の話がちっとも来ない、という恐ろしい状況です。今日はその辺りについて話そうと思います。

ご存じのように、2013年6月14日に「世界最先端IT国家創造宣言」が閣議決定されました。閣議決定ですから、粛々と実行されるはずです。この中に「初等中等教育段階からプログラミング」「情報セキュリティなどIT教育の充実」というキーワードが入っているところが大事で、とにかく建前上から言えば、これに向かって世の中は全て動いていることになっています。


しかし、心配していることがあります。それは、日本のお役所では一度打ち出した計画は、たとえちゃんとできていなくても「成功」したことにされてしまい、同じテーマを二度と国家政策として取り上げない、という恐ろしい枠組みで動いているということです。


この宣言には工程表があり、2020年・21年ごろ世界最先端IT国家なるものに日本は変わっている、というストーリーが描かれています。世界最先端IT国家になるためには、インフラ整備や、最先端のIT技術者が必要であるといったことが工程表には書いてあり、最後のところにわずかに「そのためには人材育成がとても大事だ」と書いてあるのです。

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そしてこの〇で示したあたりに小中学校でのプログラミング等の話があって、2016年からは実際に小中学校からプログラミングや情報セキュリティの教育に取り組み始め、2019年には全国一斉にできるところまで持っていこうというわけです。


皆さんに考えていただきたいのは、すでに数年後には全国一斉にプログラミング教育を行うことになっていることです。ということは、それまでに指導できる先生が全ての学校に揃っていなければなりません。現役の先生方に関しては研修・講習というものが必要かと思いますが、具体的にどうなるのかという話は、まるで何も聞こえてこないのです。本当にできるのでしょうか。非常に心配をしています。


新テスト導入と学習指導要領の改訂の場で発言できない教科「情報」

中央教育審議会では大学入試制度の改革が審議され、一応大筋については審議終了で、今後は具体策を検討するという段階に入りました。


これまでとは異なる形で、全ての教科で高校終了時の基礎的な力を測る達成度評価としての仕組みを作り、何度でも受けられるようにする、ということです。ここまではたいへん結構です。そして、そのために主要3科目はWEBベースのテストを行う。そこには問題もありますが、とにかくこちらも粛々と準備が進められていているはずです。

一方で、この基礎的な力を見る試験とは別に、大学進学を希望する人たち向けに、全体の学力を測る仕組みを作るという話もあります。いくつかの教科や科目を合わせた試験(合教科・科目型)や、いくつかの科目を総合したような試験(総合型)を考えましょう、という話になったところで審議終了になっていて、具体的にどうするのか、細かいことはまだ何も決まっていない状況にあります。

こちらも同じように工程表ができています。今年2015年には「専門家会議等による検討」が行われ、年度末までには何か枠組みが見えて、2016年には新テストの実施方針を検討し、2017年からはそれに従ってプレテスト等を試しながら行う。2020年の辺りにはいよいよ本格的に実施する。そのために今年度中に機能などの検討を行い、来年は大学入試センターに代わる新しい仕組みを作る、ということになっています。

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気になるのが、この表の「高等学校教育の改革」の最後のところにちょろっと書いてある「学習指導要領の見直し」です。2016年度のうちに中教審のしかるべき枠組みの中で答申を得て、1年をかけて議論を経た上で、2018年には告示、これはつまり決定です。ということは、2013年に教科「情報」が今の「情報の科学」と「社会と情報」という2科目制に切り替わったのですが、それと同じような思い切った改訂を行うのかどうなのか、多分今年のうちには、議論が行われるはずです。しかし、これもまた、まだ我々のところには何も聞こえてきていないという、恐ろしい状況にあります。

我々は似たようなことを前にも経験しています。教科「情報」が成立する時も、情報処理学会の先生方には、そういう話がほとんど伝わって来ず、かなり詰めの段階になったところで「えっ、アルゴリズムとかコンピューティングとかプログラミングをやらないの?! それで情報というのですか」などと言ったために、「何か変なことを言う人たちがいるから、あの人たちは仲間に入れないで行きましょう」という扱いをされたという経緯があります。これは、あくまで我々の目から見た状況ですが。


しかも、教科「情報」は『必履修』です。必履修ということは、大学入試センターでは少なくとも芸術、体育を除いて、必履修のものはみな試験科目に入っているわけですから、情報も当然入りますよね、と思っていたら、「入れるかどうかの審議をするから、情報処理学会さんも寄っていらっしゃい」という話が来ました。しかし、もうその時点で勝負は決まっていたわけです。


この時、国立大学の工学部長会の先生方が集められて、入試の教科・科目について検討するという場はあったようです。ところが、とても情報を大学入試センターの入試科目に置いてくださいと言えるような状況ではなかった。私達が聞いた限りでは、「『情報なんてパソコン教室みたいなことしかやっていないようだ。あんなので試験をしてどうなるの』というので見送りになった」という話もあったようです。その時は、現状では状況が整っていないので数年後に審議を見直しましょう、ということで結局採択にならず、そして見直しされないまま、指導要領改訂の2013年まで来てしまったのでした。

そして、2013年の学習指導要領の改訂で教科「情報」のあり方をどうするかという審議の時には、幸い、情報処理学会から何人かは先生が入っておられました。しかし、入った委員会に初回出た途端にまたしても勝負が決まっていた、と。なぜなら、その先生方が入ったのは「技術家庭・情報」の部会で、圧倒的多数は技術家庭科の先生方。情報を担当している先生は2人か3人かというくらいしかいない。しかし、一生懸命に頑張って、現在の「情報の科学」と「社会と情報」の設置に至ったわけでした。

今回の一連の教育改革の動きで特に心配なのは、このように大学入学試験の改訂から始まって、教育全体のあり方を変えようとしているのだということを、小学校・中学校に対してきちんと説明していないことです。PISAなどの世界的な学力テストでも、昔ながらの知識の有無を問うのでなく、与えられた問題を解くためにどういうふうに力を総合的に使えるか、そのための一つの大きなファクターとして、情報を収集したり活用したりする力が入っています。そういう意味でも、情報の教育の仕方に大きな見直しをしなければいけないはずなのですが、そんな大議論ができる時間の余裕はすでにないはずです。だから心配なのです。


「世界最先端IT国家創造宣言」の実行において、当初各省庁の動きは必ずしも迅速なものではありませんでした。しかし、具体案を提出する時期に入っています。


各省庁の統括は内閣官房にあるIT戦略室が行います。教育に関しては、もちろん文部科学省ですが、ご存じのとおり文部科学省の中で情報教育を扱うのは、生涯学習教育局情報教育課というところで、初等中等教育局でも高等教育局でもない。いわば学校教育の外側に置かれているという状況です。

最近私のところに初等中等教育局の教育課程課から問い合わせがありました。今度の指導要領に『道徳』をどうしても入れたい。高校でもそれを引き受ける『公共』という科目を設けようという話になっているらしい。その『公共』には情報セキュリティや情報倫理などの話が入ることになりますが、そうなると教科「情報」で教えることがなくなりそうなのですが、どうしたものでしょうか。ご意見をいただきたい、という質問が来たのです。

私は「そういうことはありません。それは話が違います」ということを一生懸命に伝えましたが、この話も、たまたま私のところに直接来ただけで、どれくらいの規模で誰に話を聞いているのか皆目わかりません。それぞれの部局がどのように動いていて、それがどう結び付くのか(結び付かないのか)というのもさっぱり我々には見えてきません。


指導する教員の育成があいまいなままで、教育は可能なのか

高度IT人材を育てるために、文科省と経産省がタイアップして大学院で特別教育を行う試み(※)が始まってもう3年になります。
※ enPIT:分野・地域を超えた実践的情報教育協働ネットワーク
 http://www.enpit.jp/

こういった中で産学連携の計画が進んでいます。例えば、文部科学省の「リーディング大学院」(博士課程教育リーディングプログラム)では、社会の枠組みやサービスの改革の研究に取り組む文系の学生と、ITの技術開発を担う工学系の学生を一緒に博士課程に入れて共同研究を行うという、世界に通用する質の保証された学位プログラムを提供する教育を行っています。

「世界最先端IT国家設立創造宣言」には、人を育てるために、小学生や中学生にも情報教育を行いましょう、教室にどんどんといろいろなIT機器を入れて、授業はそれを使って行いましょう、ということはちゃんと書いてあります。しかし、それを教える先生側をどうするのかはほとんど触れられていません。どんどん新しいことを行っていかなければいけないのだから、今後は大学だけでなく小中学校や高校の教員になろうとする人たちは、今よりは高度なレベルのITに関してのトレーニングや情報教育が必要です。ただ、それについても現役の教員の研修について申し訳程度に書かれているだけです。

ただし、これに対して「高度IT人材を育てるのであれば、当然、小学生からいろいろなことをしなければならない」という言い方をすると、たぶん社会には受け入れられないと思います。もちろん、そういった人材が必要なことは当然で、だから先ほど言ったように大学院のところで様々な手を打つから、そこから輩出されるだろうということになっています。しかし、例えば「小学校からプログラミングを」と言ったとたんに、「スマホのアプリを作るなどということを、小学校の貴重な時間話をつぶしてやるのはおかしい。あんなものは、みんなが覚えなければならないものではない」と反論されて勝てないことは目に見えています。

それでもなぜプログラミングが必要なのか。つまり、全ての人にプログラミングの基礎的なトレーニングが必要で、そのベースがあって初めて、ITの専門家に対してものが言える力を持った国民が生まれる、というくらいの話ができなければなりません。その意味で、プログラミング云々と言うよりも、情報教育を導入する時に、「教科縦割りで、それぞれの教科で何時間分ずつ情報に関わることを教えなさい」ということではなく、教科の枠を超えて、何らかの形でITを活かすことこそ必要なはずです。


なぜ今「ITを活かす」ことが大事かと言えば、日本が得意としているモノづくりにおいても、最終的には必ずITが必要だからです。ある程度以上のところはプロに任せるという切り分けがあっても、機械工学科の人でも簡単なところは自分でプログラムすることはできなければならない。誰もがある程度はプログラムがいじれるくらいでないと、本当の意味での世界最先端IT国家とは言えないと思います。

 

情報処理学会らしいやり方で変えていく

学校教育を変えられるのは、基本的に10年に1回改訂される学習指導要領です。今回は前倒しで行くみたいですが、これを待ってられないのは確かです。それならば、我々は学校教育の枠組みを変える取り組みだけではなく、学校教育の外側で展開することも何か考えて提言をしなければならないかもしれません。

実は、こういった情報教育をするために先生方が作った教材をどうにかしてシェアする仕組みができないか、という話を現・情報処理学会会長の喜連川優先生に申し上げたら、先生は「今やっているやり方で指導要領改訂から何から何まで動かしていくのは筋論ではあるけれど、実現には時間がかかる。情報処理学会らしいやり方で、もっと実質的に情報教育が世の中に浸透していくやり方を考えよう」と言われました。

情報処理学会らしいやり方の一例として、こんな話をされました。そもそも小中学校の先生にしてみれば、トレーニングもなしに、情報を教えろと言われてもできるわけがない。でも、子ども達はあの複雑なゲームを嬉々として使っているのだから、目の前にいろんなおもしろい教材を置いてやれば子ども達は自分で勉強するだろう。ただテキストを作るのではなくて、おもしろい動画教材を用意して、それを生徒たちが見に行って自分達で見ながら学べるようにすればいい、というのです。

今年2015年3月の情報処理学会全国大会では、そこでの発表や講演を、ドワンゴと提携してニコ動に出しました。同様な形でどんどんおもしろい教材を出していけば、子ども達は自分で勉強していくのではないか、と。そして、そうなった時、何が良い教材なのか、それらをどう整理したりアレンジしたりすればよいか、という辺りを考えておくことが必要になるので、我々情報処理学会はそれを担うべきだ。教材を挙げてシェアできるような環境くらいは情報処理学会がその気になれば、動画サイトの会社と手を組んで設けることはできるだろう、ということなのです。


さてこれをどうしていったらよいか。皆さんと議論できればと思っています。