慶應義塾大学藤沢キャンパス(SFC)「情報」入試導入の狙い

今や、授業は、知識の「考え方」を教えるスタイルになっている

〜データをいかに加工し、理解に至れるかのスキルこそ重要

村井純 慶應義塾大学環境情報学部長からの「高校教育へのメッセージ」

インターネットの生みの親とされる村井純先生。「今や、知らないことは、事前に調べて、得られた知識を使ってどのように考えるのかを教えるのが、先生の役割になっています。だからこそ、情報の学習は、すべての教科に入るアプローチであり、道具の使い方を学ぶ学習としても重要です。だから、情報は、入試にも必要だと考えました」。慶應義塾大学藤沢キャンパス(SFC)総合政策学部と環境情報学部では、2016年度入試から一般入試に「情報」を導入します。情報入試導入の背景を語っていただきました。


高校で軽んじられている情報教育。その重要性を訴える手段

――2016年度から入試に「情報」を導入するのを決めたのは、どういう経緯からですか。

村井 純先生
村井 純先生

直接のきっかけは、学習指導要領の改訂です。2016年に大学に入学してくる高校生から、数学の中でプログラムの勉強をしなくてもいいカリキュラムになってしまいました。つまり、学習指導要領の上では、数学の時間にプログラムを学ぶチャンスがなくなってしまったのです。

 

一方で、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)では、リテラシーとしての情報やプログラミングの力を持った人材を取りたいし、育てたいと思っています。

 

しかし、このままではプログラムについてまったく学ぶことなく大学に入学してくる学生も登場してしまいます。それはよくないと思ったときに、高校には「情報」という科目が必修科目として存在していることを思い出しました。この科目は数学と比べればわずかな時間ですが、高校生たちにとってはコンピュータや情報技術などについて授業の中で触れることのできる唯一のチャンスとなります。私たちとしては、そのことをしっかりと認識してもらいたいと思っているのです。

 

情報の科目は高校の教育課程では必修科目の1つなのですが、調べてみると、受験科目と比べておろそかになりがちだという現実がありました。高校教育の中で、情報は今まで軽んじられてきたわけです。しかし、今回、数学の中でプログラムが教えられなくなるということを受けて、ますます、高校教育の中での情報教育の意味を問いたいと思ったのです。

 

しかし、私たち大学の人間が、高校のカリキュラムについていちいち口を出すことはできません。そこで考えたのが入試科目に情報を入れるということです。私たちの力は小さなものですが、このことを通して高校や予備校など、大学受験に関わる人たちに、情報の大切さを認識して欲しいと思っています。

 

入試に情報を加える準備として、いろいろな大学の先生と話をしてみると、他の大学でも入試科目を見直したり、様々な取り組みをしたけれど、止めてしまったという事例もたくさん聞きました。主要な科目でない情報を入試科目に入れることは、ハードルが高いことだと思います。それでも、慶應義塾大学SFCが入試科目にきちんと情報を入れているということは、情報の大切さを訴える第一歩だと思っています。

 

変化の激しい社会で生きるための力

――情報といっても、プログラミング、リテラシーなど、いろいろな項目があると思いますが、その中でも、特にプログラミングを重視していくということでしょうか。

情報の科目で、私たちが問いたいのは、プログラミングやアルゴリズムなどの項目です。高校の教科でいえば、「情報の科学」にあたる内容です。現代社会は、データや情報が溢れています。そのような社会で生きているのにも関わらず、学校教育の中で情報の扱われ方がものすごく軽いように感じています。

 

社会はどんどん変わっていきますが、その社会がどのような力で成り立っているのかを知るのはとても大切です。例えば、最近話題の3Dプリンタについて、それがどういう原理で動くのか、そして、どのように使うことで最大限の力を引き出すことができるのかといったことを、知っているのといないのとでは、使い方が大きく違ってきます。

 

デジタルデータやコンピュータは、人間の知的な作業を高速に処理したり、大規模化することができます。それが新しい技術などを生みだし、現代社会を支える力になっています。高校生をはじめ、子どもの未来には無限の可能性があります。子どもの時代に情報の大切さに出会い、その使い方を十分に理解してもらいたいのです。この部分は教科としての「社会と情報」の守備範囲です。

 

もちろん、コンピュータやインターネットにはいい面ばかりではありません。インターネット上での悪意ある攻撃からどうやって身を守るかということも教えることも必要です。でも、これからの時代に、すべての人間が新しいことにチャレンジするのに必要な力という意味で、情報についてできるだけ早い時期から学んでおいて欲しいのです。

 

高校では教科ごとに知識が区切られていますが、実際の社会ではそのような垣根はありません。むしろ、情報はすべての教科と結びついていきます。数学、国語、理科、社会などに情報がどのように役に立つのかをすべての子どもたちにわかってもらいたいと思っています。教科「情報」は、他の教科を助けることができることを知って欲しいし、情報の先生方とも連携をしていきたいと考えています。

 

すべての教科に情報を使ったアプローチを

――情報を入試科目に加えるにあたり、高校生にどのような学びを要求しているのでしょうか。

情報というのは、自分のやりたいことを実現したり、問題を解決するためのツールです。ですから、情報をそのようにとらえられる視点が大切になります。高校の教科でいえば、「情報の科学」に近い分野が重要にはなってくると思います。ただ、現時点では、まだ手探りの状態でいろいろと試しているところです。

 

入試は、高校生や高校の先生、予備校の先生たちへ向けてのメッセージであると同時に、自校のアドミッション・ポリシーの体現でもあります。ですから、新しく入試に加わる情報も、慶應義塾大学SFCのアドミッション・ポリシーに従って問題をつくっていくことになると思います。

 

7月30日のオープンキャンパスでは、これまでの準備を踏まえて、1回目の参考試験を実施しました。今の段階では、どのような力を持っている人が情報を受験して慶應義塾大学SFCを狙ってくるのかまだあまりよくわかっていません。ですから、その調査を兼ねて参考試験を実施するという側面もあります。そのため、今回の参考試験では、幅広い項目を網羅するように出題しています。

 

私が本当に願っているのは、すべての教科に情報を使ったアプローチを導入することです。現在の学習指導要領は、教え方はそのようになっていますが、その理念を実現するまでには至っていません。しかし、この理念を実現することができれば、情報はそれぞれの教科の中で、発展的な内容を守備範囲にすることができるはずです。ですから、新しい情報の入試では、情報を使ってそれぞれの教科を発展させるような学習法が身についていれば解けるようなものにしていきたいと思っています。

 

例えば、私たちは毎日インターネットを利用しています。しかし、インターネットはどのように情報が伝達されているのか、検索はどのようなしくみで行われているのかをしっかりとわかっている人はとても少ないのが現状です。インターネットやコンピュータも道具の1つです。そして、情報はその道具の使い方を学ぶことです。道具を使う上で、そのしくみや作り方をわかっていることはとても大切です。特に、データとして得られた生の情報をどのように加工していくことで、何が理解できるのかといったことを習得するのは、これからの社会を生きるために、とても重要なスキルになると思います。今はいろいろなデータがインターネット上で公開されている時代です。データを利用できる人と、利用できない人の間では、差ができてしまうのはさけられないことです。

 

大学での学びに、情報は不可欠

慶應義塾大学SFCでは1990年代にいち早くキャンパスにインターネットを導入しました。そのとき、先生が授業中に発言したことを学生がインターネットで調べてすぐに訂正するという事件が起きました。

 

この事件は、学内に衝撃を与えたのですが、今や世界中の知識はすべてインターネット上に集約される時代になりました。ですから、大学では、ただ知識を伝えるだけの授業は成立しなくなっています。現在は、知らないことは事前に調べて、先生は得られた知識を使ってどのように考えるのかを教えるというスタイルに変わってきています。

 

慶應義塾大学SFCでは、問題を発見し、解きたい問題を情報を使って解決することが当たり前になっているので、新入生が早く溶け込むためにも、情報に慣れ親しんで、そのような力をもっていることが大切です。今回の入試に情報を加えるという試みは、高校卒業までの間に、こうした情報の世界について学んでおいて欲しいという私たちのメッセージでもあるのです。

 

【特集】2016年度慶應新入試、「情報」の問題案公開へ
〜傾向分析と高校生アンケートから、そのあり方を考える

高校サイドから 柏陽高校での「慶應入試」の試行

受験科目として選ぶ可能性。課題は受験勉強だが、役立つと思っている
神奈川県立柏陽高等学校 間辺広樹先生 

参考試験を授業内で解かせた結果と、同時に行ったアンケートを分析。「情報の科学」で重要な問題解決能力としてのシミュレーション、統計的分析、手続き的な処理について、生徒の能力差を適切に測ることができる質の高い問題と講評。一方、高校生は、理系の7割、文系の5割が、情報が受験科目になれば選択する可能性も見えてきました。分析結果を詳しく報告します。

慶應義塾大学「参考試験」問題解説
アルゴリズムやシミュレーション、計算も多く、「情報の科学」中心


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◆慶應義塾大学HP

一般入試「情報」参考試験(2014年7月30日実施)の問題等の公開および実施結果について

 

情報化社会を担う次世代のために~SFCの場合

慶應義塾大学環境情報学部 准教授 植原啓介先生

※具体的な入試方式がわかります

(※高校教科「情報」シンポジウム2014春in関西「ジョーシンうめきた」)

 

IT戦略が初めて閣議決定され、ますます重要性が高まる情報教育

サイバースペース時代---情報教育の役割

村井純先生講演(※日本情報科教育学会第6回全国大会/2013年)

 

「情報」入試宣言 2020年、ビッグデータの時代を生きる高校生のために

~待ったなしの改革が、今まさに動き始める

村井純先生メッセージ