授業事例44

うわさとの上手な付き合い方を学ぶ   ~「“うわさ”はどこまで扱えるか」実践報告

中央大学杉並高等学校 情報科・数学科 生田研一郎先生

うわさを論理的に理解し、うわさとうまく付き合う

本校で行っているうわさについての授業を紹介します。この授業では、生徒にうわさとの上手な付き合い方を学んでもらいたいと思っています。うわさと言うと、「うわさに振り回されないようにしよう」といった生活指導のような授業を考えがちです。しかしここでは、うわさを情報という視点から捉えることで、うわさとの付き合い方を論理的に理解してもらおうとしています。

 

テーマとしては、学習指導要領の「情報の特徴とメディアの意味を理解させる」ことや、「情報の受信及び発信時に配慮すべき事項を理解させる」ことにあたります。

 

本校では「社会と情報」を2年生で2単位配当しています。1学期の「社会情報学的な何か」の中で、「コミュニケーション」や「メディアの効果研究」といった授業と並んで、「うわさ」の授業を1コマ50分で行いました。

 

うわさを明確に定義することから始める

まずは、うわさを定義することから始めます。うわさのことを全く知らない生徒はいないでしょう。しかし知っているという前提で授業を進めてしまうと、生徒たちがバラバラなイメージを思い描いてしまう恐れがあります。だからこそ、冒頭でうわさを定義しておくことが重要です。

 

ここではタモツ・シブタニによるうわさの定義を引用します。うわさとは「曖昧な状況に巻き込まれた人々が、自分たちの知恵を寄せ集め、その状況について有意義な解釈を行おうとするコミュニケーション」であると、彼は言っています。ここでうわさをしっかり定義することで、今後うわさを丁寧に扱うことが可能となります。何かあれば、この定義を用いて説明することが可能です。

 

状況の曖昧さと話題の重要性からうわさが発生する

ここからは、うわさがどのように発生し、伝達し、消滅していくのかを追っていきます。うわさの生態についての授業と言えるかもしれません。

はじめに、うわさが発生する仕組みを説明していきたいと思います。ここでは心理学者のオルポート・ポストマンが唱えた、大変よく知られているうわさの定式化を引用します。あるうわさの流通量は、「当事者にとっての重要性」と「おかれた状況の曖昧さ」の積に比例するというものです。この式は定量的にではなく、定性的に捉えなければなりません。そして「積」というところがポイントになっています。つまり、どちらか一方がゼロならばうわさは発生しないということです。「当事者にとっての重要性が全くなければ、状況が曖昧であってもうわさは発生しない」と同時に、「状況が明確であるならば、当事者にとって重要な問題であってもうわさは発生しない」ということをこの式は意味しています。ここでは実際に学校で流れたことのあるうわさを例にして、生徒に説明をしました。

 

うわさを生む人々の意識や心理について、2つのパターンを紹介します。

 

まず1つは、情報の空白を埋めようとする場合です。このような図を使うと、よりわかりやすくなるのではないでしょうか。とある情報を必要としていながら、公式情報では満たすことができないという状況を仮定します。情報を必要とする人たちが、空白の部分にあたる情報の差を埋めようとするために、うわさが発生するのです。例を挙げてみましょう。試験前の生徒は試験問題の情報を必要としています。しかし、公式情報では試験の範囲しか明かされていません。すると、生徒たちから「あの問題が出る」とか「この問題が出ない」というような色々なうわさが発生していきます。

 

もう1つは、抑圧された感情が噴出する場合です。例えば「友達から聞いたんだけど、テレビで専門家が〇〇だと言っていたらしいよ」といううわさについて考えてみます。友達という人脈や、専門家という権威を用いることで、一見このうわさは信頼性があるかのように見えます。しかし「〜から聞いた」とか「〜らしい」という伝聞の形を使っているので、うわさを発する本人が責任を負うことは決してありません。そうやってこのうわさを発することによって、言いたいけれども言えないでいる自分自身の感情を満たそうとしているのです。

 

上の例からもわかるように、うわさには根拠があります。正確には根拠らしきものと言った方がよいかもしれません。「根も葉もないうわさ」ということわざがありますが、うわさには根も葉もあります。「火のないところに煙は立たない」と言いますが、火のないところにも煙は立つのです。

 

うわさは伝達の過程で歪む

次にうわさの伝達についてお話ししていきます。伝わりやすいうわさには3つの特徴があります。1つ目は重要であるか。2つ目は共感できるか。3つ目はネタとして面白いか。高校生はネタを好むので、ネタとして面白ければ広がっていきやすいです。いずれにせよ、うわさというものを真実性から捉えることはできません。この点については、複数の具体例を用いながら繰り返し説明をしました。

 

そしてうわさは伝達されることでどんどん歪みます。一般に“尾鰭がつく”と言われる現象です。うわさは伝達によって単純化され、重要だと思うところだけが強調されます。さらに、「それは〜だから」とか「他の情報では確かにこうなっている」といった調子で、うわさの根拠を作っていくため、整合的に変化していきます。大抵の場合、その根拠は後から付け足したものでしかありません。生徒には「うわさは歪むものだ」ということを強く伝えたいところです。

 

うわさの消滅の例としてコスモ石油流言ツイートを振り返る

うわさは永遠に続く訳ではありません。伝達された後に消滅していきます。消滅には2つのパターンがあり、そのうち1つは自然消滅です。「人のうわさも75日」ということわざ通り、興味や関心が新しいうわさに移っていき、かつてのうわさを消し去っていく場合です。もう1つは、正確な情報による消滅です。先ほどお話ししたように、必要な情報を公式情報が満たすことでうわさはなくなります。新聞や公式サイトによる情報が空白部分を埋めることで、曖昧な状況が明らかになり、うわさが消滅するのです。

 

一例として、東日本大震災時のコスモ石油流言ツイート(※1)を紹介します。この出来事は大変わかりやすい構造になっているので、今後たくさんの授業に使われていくのではないでしょうか。インターネットを検索すると、関連資料も大量に出てきます。

 

※1 東日本大震災時、コスモ石油千葉製油所で火災が発生した際に、火災に関連して「有害物質を含んだ雨が降る」といううわさ(デマ)が発生した。うわさは主にtwitterを通じてインターネット上に広まった。[Wikipediaより改編]

 

これは、この時に発生した流言のツイート数の変化をグラフ(※2)にしたものです。うわさが瞬時に拡散し、瞬時に消滅していく様子を読み取ることができます。このように、インターネットにおける拡散は口伝いに比べて格段にスピードが上がります。なぜかと言うと、リツイート機能があるからです。不安だという思いから皆がリツイートをしていき、大変な勢いで拡散していきます。そうやって拡散したうわさが瞬時に消滅するのは、興味や関心がなくなるからではなく、大変な勢いで検証されるからです。うわさが検証によってデマだと判断されると、すぐに消滅します。このうわさの場合は、発生した翌日にコスモ石油が公式発表を行ったことで、一気に沈静化しました。

 

※2 「20130127 twitterの流言拡散収束とマスメディア」

http://www.slideshare.net/MorihiroOgasahara/20130127-twitter

 

うわさの構造は、絶えず変化しています。「人のうわさも〇〇日」という問題をテストに出題した際、間違えて「3日」と答えた生徒がいました。しかしコスモ石油流言ツイートのスピードを見ると、生徒が「3日」と答えるのも無理はないような気がしてしまいます。うわさが人伝いで伝達される時代ならば「75日」でしたが、ネット時代におけるうわさのスピードは格段に速くなっています。せっかく情報化社会について学ぶのですから、時代に対応した授業をすることが押さえどころかなと思います。

 

 

うわさと上手く付き合うには曖昧さに耐えることが重要

最後に、うわさを怖がるのではなく噂を知っていくことの大切さです。メディアリテラシー系の授業で「情報に対する批判能力」というものが頻繁に使われますが、うわさと上手く付き合うときにもこの能力が求められています。さらにもう1つ、曖昧さに耐えることを生徒に覚えてもらいたいです。教員は生徒に対して「はっきりしなさい」といった言葉を使って指導することがあります。しかし、世の中にははっきりしないことがたくさんあります。生徒は「正解は何ですか」とよく聞いてくるのですが、世の中には正解なんてないのです。

 

今後の課題について少しお話しします。今回は具体的な事例が少ないため、さらに多くの事例を組み込んできたいと思っています。また、情報化社会だからこそのネット特有のうわさも扱っていきたいです。さらに、ネタ度・重要度・共感度を元にうわさを作って新しい発見を得る、うわさをクロスチェックしてリストを作成し互いに見せあう、といった授業内容も考えています。

 

[質疑応答]

質問1:最近のデジタル系の特徴として、デジタルタトゥーが頻繁に挙げられます。コスモ石油に関するツイートの中にも、いまでも残っているツイートがあるかと思います。「人のうわさも75日」とは言いますが、そういったデジタルの特徴も強調する必要があるのではないでしょうか。

 

生田先生:そうですね。プライバシー・忘れられる権利・デジタルタトゥーといったキーワードを使って、うわさと他の話題を絡めながら授業を展開していくと、生徒もより理解が進むのではと思っています。単元だけで区分をしないような工夫が必要だと思います。

 

質問2:デジタルタトゥーとも関連しますが、昔のデマを利用してうわさをけしかけるといったケースがネット上で見られます。データの日付をチェックするといったリテラシー面の部分があるとよいのではないでしょうか。

 

生田先生:インターネット上で広く普及している古い画像、例えば「チャリで来た」(※3)のようなものを例として使用すれば、ネットでの時間や日付という感覚を生徒に理解させることができるかもしれません。

 

※3 「チャリで来た」とコメントが書かれた横浜市の中学生4人のプリクラ画像(おそらく2003年頃撮影されたもの)がまとめサイトに載り、勝手に転用されてネットユーザーの間で話題になった。